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2005年8月31日 (水)

We Are the World !?

27日のSMASTATION 4は、今年は香取クンが、その裏で延々とやる汐留局の恒例のチャリティー24時間テレビのメインパーソナリティということで「中抜け」での1時間でしたが、六本木局も出演者全員が24時間のユニフォームのTシャツ着用、募金箱の設置も許可しちゃう、なんてのを見ますと、もはや一テレビ局イベントではなく国民的行事として認知されているということなんでしょうか。

克也さB000001fcx01_sclzzzzzzz_んナレーションの特集でもチャリティーの歴史。欧米には、自分の恵を恵まれていない人に授けよ、という伝統があるという。これは、なぜかフランス語になりますが、noblesse oblige ノブレス・オブリジ、という、エゲレス語に直すならばnoble obligation 高貴なる義務、とでも言うのでしょうか、欧米の上流階級の教育では、自分は恵まれている存在であることを認識しろ、その恵を恵まれていない人に還元し奉仕することこそが紳士の条件だ、という精神を叩き込まれるそうで、その伝統のことですね。

音楽の世界では、ジョージハリソンの音頭取りでのバングラディシュ救済から始まって、レコードでは20年前のBAND AID とかUSA for Africaを頂点に、最近ではAll Star Tribute “What's Going Onとか、BAND AIDも去年復活しましたが、僕が思いつく限りで、多数アーティスト集合型レコードで一番古いのは77年のPhiladelphia All Stars “Clean Up the Ghetto”だったんじゃないでしょうか。当事全盛だったストリングスとディスコビートを組み合わせたフィラデルフィアサウンドのアーティストが、T.S.O.P.をバックに、O’ Jays, Three Degrees, Harold Melvin & Bluenotes, Lou Rawles, Billy Paulと全部集まって、都市部の黒人貧民街の衛生向上を訴えた企画でしたが、全くヒットしませんでした。B0009s4vq201_sclzzzzzzz_

それにしても僕はそういうバンドエイド物に関してはずっと冷ややかでした。参加アーティストは自発的に寄付はしているんでしょうけど彼らの天文学的数字の稼ぎからすれば微々たるもので、結局は消費者に新しいレコードを買わせて寄付させて、自分たちは一節歌うだけであまり損をしていない、という構図が見えてしまう。同じ意味で、汐留局も、某人気球団(落ち目といわれていますが)主催試合中継の権利のため莫大な金が動いているはずで、慈善事業を本当にやりたいのならその金こそ回すべきだと思うんですけど、やはり視聴者から金を巻き上げてチャリティーだと言ってる。ノブレス・オブリジを実践してソマリアの紛争地帯へ入って行ったオードリー・ヘップバーンには頭が下がります。

僕はWe Are the Worldを聴いて、当時の音楽仲間に「ハンダースの「思い出の渚」を思い出した」と言って大爆笑されました。今の人はわかるかなあ。ハンダースって、清水アキラ、アゴいさむ、アパッチけん、桜金造なんかがいたコメディグループ。6人だから半ダース。後にお台場局の物まね番組で大ブレイクする清水アキラが、一人で、森進一、和田アキ子、キャンディーズ、左卜全なんかに次々と声を変えて、ワイルドワンズの思い出の渚を歌ってちょっとヒットしていました。

来週は克也さんは、名古屋にはいらっしゃらないのですか?

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2005年8月25日 (木)

(I wanna be) Elected!

衆議院の解散以来、ワイドショーでも「刺客候補」とか「〇〇劇場」とか、選挙に関する話題がかなりの時間を占めるくらい、日本では選挙が熱い!これだけ政治がショー化すれば関心も上がり投票率も上がるのでは。でも、政府案が否決されたのなら内閣総辞職が筋だと思うのに、否決してない衆議院が解散、その権限を行使した首相は、自分の政党の勝利予測に薄ら笑いを浮かべている確信犯、何かおかしいと感じるのは私だけでしょうか。

B0000025uw01_sclzzzzzzz__1 今週のZIP HOT 100でもオープニングで選挙と音楽の話題が。その平成のワンマン首相はプレスリーのボックスCDのライナーに寄稿するくらいですから音楽好きは認めますが、本当にX-JAPANを自分の意思で聴くほど好きなんでしょうかねえ。どうも胡散臭さを感じてしまいます。でも、プレスリーやレノンが亡くなったときに声明を出したカーター大統領を子供心に羨ましく思っていた自分としては、総理大臣のタイプが変わっていくのも悪いことではないなと思っています。福田や大平や鈴木が、ポップアーティストが死去したとして何かコメントを出すなんて考えられませんでしたから。

B00000dchg01_sclzzzzzzz__1 B000002qhf01_sclzzzzzzz__1 克也さんも言ってましたけど、アメリカで同じくらい胡散臭かったのはレーガン大統領。84年の選挙でBruce Springsteen “Born in the USA”を、曲の内容はナショナリズムを鼓舞するものではないのにサビの部分を演出に使った。またボス自身は民主党支持者なのでレーガンが使ったことに腹を立てたとのこと。ボスは去年の選挙でも接戦が予想されていたオハイオ州クリーヴランドでケリー候補が遊説した際、一緒に壇上に上がったようです。他にレーガン大統領は、Billy Joel “Leave a Tender Moment Alone”(この穏やかな時間を続けようよ)やLee Greenwood (Bette Midler “Wind Beneath My Wings”なんかの作者)”God Bless the USA”なんか当時のヒットを使っていたちゃっかり者でした。”God Bless the

911テロ事件のあとも相当ラジオで流れたようです。

B000002kgt01_sclzzzzzzz__1 クリントンはFleetwood Mac ”Don’t Stop”。「明日のことを考えるのをやめないで、きっと今日より良い日だよ」といういかにもの前向きソング。ちょうど92年選挙時に発売になった彼らのボックスセットの売り上げにも貢献し、結局は彼らの再結成のきっかけにもなりました。商売商売。

そして去年のブッシュ大統領はOrleans “Still the One”を使っていました。”Dance with Me” と並ぶ彼らの76年のヒット曲。”Still the one who I love to trust, still the one that I can't get enough"(あんたは今でも信頼できて飽きないただ一人の人)とか "Still the one who can scratch my itch, still the one that I wouldn’t switch”(あんたは私のかゆいところに手が届いて、私が浮気できないただ一人の人)とか、なるほど、再選を目指すキャンペーンにはぴったりの内容でした。B000002h7x01_sclzzzzzzz__3

Defb4310fca0309b91f37010l_1 今回のタイトル、(I Wanna Be) Elected! Alice Cooper72年選挙に合わせたヒット曲。邦題「アリスは大統領」。そういえば、この曲も入っているワーナーパイオニアのホットメニュー73という二枚組のプロモ用LP、当然非売品、があって、その曲紹介をしていたのが、クレジットはされていないけどどう聴いても克也さんの声でした。憶えてますか?まだ残ってるかなあ。

USA

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2005年8月15日 (月)

Sukiyaki (2005年8月第二週)

二回目からちょっと湿りがちな話題になって恐縮ですが。8月半ばはいろいろと記念日があります。プレスリーの命日とか。今年は終戦60周年ということでこれもいろいろと盛り上がっているようですが。そしてやはり20周年となる日航機墜落の日も忘れられません。

 1985年当時、克也さんはTBSラジオで日曜昼12時から日航提供「JALミュージックツアー」をやっていて、事故のあと数ヶ月間、番組はタイトルからJALが消え、CM一切なし、しゃべりも静かになり、選曲もビルボードのナンバー1ヒットの特集や、ラブソング特集など、当たり障りのないものになったりして、大変でしたね。

B0000267kh01_sclzzzzzzz__1 あの坂本九さんも亡くなって二十年ということで。あの曲は、まずイギリスのあるレコード会社社長が来日中に聞いて気に入り、コピーを持ち帰ってジャズのインストロメンタルで録音させて自分の好きな日本食に因んで曲名を付けて中ヒット。その後ワシントン州のDJがそのタイトルで九ちゃんのオリジナルをオンエアし始めてローカルヒットになり、それがキャピトルレコードの社長の耳に届いて・・・という全く偶然のサクセスストーリーだったようですが、経緯はどうあれ、ピンクレディーもYMOもラウドネスも松田聖子もできなかった日本人歌手としてのアメリカでのナンバー1という偉業を彼は成し遂げたのです。宇多田も多分無理でしょう。

作詞は今、克也さんと土曜の朝の聴取率一位を争っている永六輔さん。彼が中村メイコとの恋に破れてあの歌ができたという話は本当でしょうか?B000002r0x01_scmzzzzzzz_ 82年に女性二人組Taste of Honeyのカバーがヒットして来日した際、まだ存命だった作曲の中村八大さんと彼は彼女二人からキス攻めにあって、八大さんは素直(すけべ?)に喜んだそうですが、永さんは歌詞を換えられちゃったからぜんぜん嬉しくなかったらしいです。

94年にカバーした4PMTaste of Honeyの曲だと思い、日本の曲だということは録音するときに知ったとのこと。それくらい世界に浸透している、日本の外に向けての国歌、といえるでしょう。小室哲哉も、できたら自分が作曲したかった嫉妬する曲、と言っていました。B000001fid01_sclzzzzzzz__1

御巣鷹山の墜落では、日本の洋楽ファンなら知る人ぞ知る悲しい損失がもう一つあるのですが、今日は長くなってしまったのでいずれ機会があれば。

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2005年8月 2日 (火)

Wanna Be Startin' Something (2005年8月第一週)

Usa_text_02 まずはごあいさつ。ホームページ開設、おめでとうございます!!!ついに!やっと!待ってました!って感じで。

思えば7年前ころ、まだ当時は今と違って克也さんとスタッフが自主的に作っていた地道なシンジケート番組だったBest Hit USAにホームページがあって、そこに「克也さん自身はホームページを持っていないからここにBBSを作って情報交換の場にもしてほしい」なんて要望を投稿していたんです。

ところが、そのページもChristina Aguillera “Lady Mamalade”1位になったまま更新されなくなり、数年放置されて自然消滅・・・まあ、その後番組自体が本格的に刷新、再開されましたし、それにこのたび、本家本元のホームページが登場。めでたい。しかも私ごときにちょっと書かせていただけるなんて。光栄かつ恐縮の極みであります。

Radiobaka.djいいドメインですね。Queen “Radio Gaga”と、克也さんが「コバカツ」と呼ばれたことの引っかけなんでしょうけど。僕の好きなもう一人の「ラジオの達人」毒蝮三太夫さんは56年前からホームページをお持ちですけど、彼自身はコンピューターは全くダメ、見るのもいや、更新は事務所任せみたいですが、克也さんはご自分でもアイディアをいっぱいお持ちのようで、どんなウェブページになっていくか、期待です。

そういえば、赤坂泰彦さん、「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」に最初に出演したとき、次に繋げたのが毒蝮さんで、二回目が克也さんでした。赤坂さんは、両人とも自分の師匠だと敬服していました。

克也さんは発信側のラジオバカ、僕は受ける側のラジオバカ、という感じで、これからいろいろ書いてみます。初回、こんなんでいいですか?

B0000025ri01_sclzzzzzzz__1 Wanna Be Startin' Somethin'はご存知、マイケル・ジャクソン「スリラー」の中からの数多いヒット曲の中の一つ。

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