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2005年9月26日 (月)

Galveston

今週は何を思い出したかといいますと・・・。

アメリカで先月のハリケーン・カトリーナに続いて今度はリタというのが、負けず劣らずの強さと大きさで、傷跡いまだ癒えぬ南部に再び上陸の可能性強まり、今度はブッシュ大統領のお膝元のテキサス州が危ない。大きく強い台風が多く発生するのは地球温暖化のためで、京都議定書を無視してCO2 削減に取り組まないブッシュに天罰が下るのか、と思いきや、急速に勢力は衰え、コースは東よりに逸れテキサスの中心部は難を免れました。テキサスにいる友人は、店では日用雑貨や食料品が完全に売り切れていてもぬけの殻で、まるで核戦争でも始まるかって雰囲気だったけど、結局雨一滴すら降らず拍子抜けで、逆に水不足が深刻だ、なんて言ってました。

  それでも並以上のハリケーンだったことは間違いなく、進路となってしまったテキサス東部には相当の爪あとを残し、その中で直接上陸した場所となったテキサス最東南端のガルヴェストンという港町がにわかに脚光を浴びました。

 このガルヴェストンという町を僕がなんで知ったかというと、やっぱり音楽からでした。そのものずばりがタイトルになっている曲があるんですね。グレン・キャンベルの69年の、アメリカのチャートで4位まで上がったヒット曲。 B000002ufv01_sclzzzzzzz_            

  曲を作ったのはJimmy Webb

  彼は日本ではあまり知られていないようですが、ソングライターとしてはポップスの歴史に残る人で、バカラックと同じように評価されていい人だと思います。


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   5th Dimension “Up, Up and Away”「ビートでジャンプ」とか、オリジナルはRichard Harrisで、後にドナ・サマーがディスコ風にカバーした”McArthur Park”なんてのが代表作ですね。

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ソロになった後のアート・ガーファンクルがウエッブ作品を好んで取り上げ、アートのソロデビュー曲 “All I Know”もウエッブ作曲だし、ウエッブにアルバム一枚丸ごと任せたこともあります。



B00002067f01_sclzzzzzzz_  60年代暮れはまだ若かったウエッブが最も忙しかった時期で、その頃、ウエッブ作曲、グレン・キャンベル歌唱のコンビでご当地ソング三部作というのがあるんですけど、最初はグラミー賞の最優秀歌曲賞に輝いた”By the Time I Get to Phoenix”、「恋はフェニックス」というとんでもない邦題が付いていましたが、西海岸で恋人が寝ている間に黙って飛行機に乗り、フィニックス、アルバカーキ、オクラホマとどんどん離れていって、彼女は僕がもういないと気付いて泣き出すだろう、という失恋の曲。二曲目が一番ヒットした”Wichita Lineman”で、カンサス州ウィチタで、歌手になった恋人と遠くはなれて一人で働く架線作業員の歌で、やはり失恋の歌。そして三曲目がこのガルヴェストン。B00000dqt301_sclzzzzzzz_

三曲の中で最もアップテンポで明るい曲だったので、他二曲が失恋を題材にしているのに対照的だなと思って、歌詞を確かめたことがあるんです。

 「まだ海風が吹く音が聞こえる、まだ彼女の黒い瞳の光が見える

  僕がガルヴェストンを去ったとき、彼女は21歳だった

  まだ、波が岩を打つ音が聞こえる その瞬間、僕は大砲から放たれる光を見る 

  そして僕は自分の銃の引き金を引き、ガルヴェストンを夢に見る

  彼女はまだ、二人でよく走った砂浜に立って、海を見ながら、僕の帰りを待っているはずだ

  僕は死ぬのが怖い、彼女の涙が乾く前に死んでしまうのではないかと

  再びガルヴェルトンで、海鳥が飛ぶのを二人で見る前に死んでしまうのではないかと」

そう、ガルヴェストンとは、ベトナム反戦の歌だったのです。 

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     ここ数週間、カトリーナ、リタとならんで、シンディという名の女性がアメリカで話題を集めています。自分の息子がイラク戦争に従軍して殉死し、その理由をブッシュ大統領自身に問いただすためにテキサス州クロフォードの私邸で座り込みの抗議行動に訴えたシンディ・シーハンさん。その彼女も参加して、ワシントンで、30万人規模の反戦デモが展開されました。これだけ大々的な反戦運動はベトナム戦争以来のことです。

   今のアメリカこそ、ガルヴェストンを思い出すべきだったのです。リタが上陸場所にガルヴェストンを選んだことは、ひょっとしたら偶然ではなく、やはりブッシュへの「天罰」だったのかもしれません。

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2005年9月21日 (水)

It's Still Rock'n 'Roll to Me!

先週の続きで、911日という誕生日に責任を感じている(?)STYXのトミー・ショウの話。STYXって結成が72年くらいですけどまだやってるんですねえ。彼らを最後に観た、というか最後に日本に来たのが99年で、割と小さなライブハウスで観られたから、ライブのあとでサインをもらえたりちょっと話せたりしたんですね。

B000002gf601_sclzzzzzzz__1 STYXとして彼がその前に来日したのがアルバム Kilroy was Hereのプロモーションに来た82年で、当時はテレビでベストヒットUSA、ラジオでは赤坂局の深夜放送のサウンドストームDJANGOなんか、克也さん番組に出ずっぱりで、特にラジオのほうなんか克也さんが当時からよくやっているイントロクイズでアーティストの音楽的傾向を引き出すインタビューで彼がいじめられていたのを憶えていたので、そのことをトミーと話題にしてみたら、彼も良く憶えていたようでした。

B000002ll101_sclzzzzzzz__1  STYXといえばトミーとDennis DeYoungが二枚看板でしたが、そのKilroyのアルバムあたりから二人の意見対立が激しくなって解散状態になり、デニスはソロ活動に、トミーはソロを経てDamn Yankeesを結成。その後90年代初めにデニス中心で再結成し、数年後にトミーも加わる形で完全復活(ドラムのJohn Panozzoは逝去)、しかしまた内部で意見が合わなくなったのか、デニスの病気もあって彼はやめさせられる形になり、デニスとSTYXはそのバンド名の使用権をめぐり裁判になり完全に分裂。STYXはデニスそっくりの甲高い声のボーカル兼キーボードを新加入させて今に至っています。B00004xr6f01_sclzzzzzzz__1 B0002y4t3801_sclzzzzzzz__2

  最近では同じ中西部が拠点ということでREO Speedwagonと意気投合し合同ライブを頻繁にやっていて、最近もチケット売り上げをカトリーナ被災救援に寄付しているようです。STYXREOのジョイントライブはCDDVDにもなっていて、ベストヒットUSA世代には涙ものですね。他方デニスはSTYXの曲をクラシック風にシアトリカルにアレンジしたCDを発表したり、こちらも精力的です。

B000b5xzss01_sclzzzzzzz__1  このSTYXが辿った道のりは、今も生き残っている昔からやっているバンドの一つのパターンを作ってしまったような気がします。今 ZIP HOT 100Journeyの新曲が上がっていますが、やっぱりSteve Perry脱退後、彼にそっくりな声の後釜ボーカルを据えている。


 
B00003tkgk01_sclzzzzzzz__2B000002w9301_sclzzzzzzz__3    あと、やっぱりZIPのチャートに David Pack “Biggest Part of Me”というセルフカバーが数週間前まで入っていましたが、彼と彼のいたバンドAmbrosiaとの関係がデニスとSTYXとの関係を彷彿とさせます。80年代半ばにやはり解散状態になり、デビッドはソロに、もう一人の主要メンバーだったJoe Puerta Bruce Hornsby & the Rangeに参加(ベストヒットUSAにブルースとジョーがゲスト出演したときに、ブルースが「僕がアンブロージアのビデオに出演したことがバンドが解散した原因だ」なんて言ってました)。今またアンブロージアは再結成しましたが、やっぱりデビッドとの間でバンド名使用権に関して訴訟合戦があり、これもやっぱり、デビッドそっくりの声の後釜ボーカルを立ててライブに回っている。

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B000002ljz01_sclzzzzzzz__1 CHICAGOPeter Cetera脱退の後、やっぱり声質音域がそっくりな Jason Scheffを入れたあたりから完成したパターンかなあ。他方、昔ながらのメンバーでできることに越したことはなく、そういうバンドもいろいろありますが、それに関する考察はまたの機会に回します。

B00000ddmh01_sclzzzzzzz__1  今回のタイトルは「昔の名前で出ています」にしようかとも思いましたが、悪乗りが過ぎますし、やっぱり洋楽に拘りたいので、いろいろあってもオジサンたちはまだロックンロールだ、ということで、ビリー・ジョエルのあの曲から頂きました。

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2005年9月14日 (水)

Landslide

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  日曜深夜、月曜早朝は毎週夜更かしします。アメリカでは日曜の午前にあたり、懐かしいケーシー・ケーサムのカウントダウン番組がストリーミングで聴けるからなんですけど、911日の深夜ばかりは、選挙結果速報番組を最後の一議席が決まるまで見守ってしまいました。自民の大勝は想定範囲内でしたけどその勝ち具合は範囲外だった。克也さんは、独占は腐敗につながるからだめ、選挙ではナンバー2を応援したいとおっしゃっていましたけど、小選挙区制とはそのナンバー2以下をばっさり切り捨ててしまう制度なので、克也さんみたいな、判官贔屓的な感情の介入を許す余地がない。実際の支持者は自民と民主が5対3くらいかもしれないのに選挙結果はあのようになってしまうし、また別の見方をすれば本当に小選挙区制になじむ二大政党制とは5対3ではだめで支持層や支持地域がある程度分離している1対1に近いものでなければ機能しない、そんなことがはっきりわかった選挙結果だったのではないか、なんて思っています。

 あと、9月11日といえばやっぱり、あの日、でしたのでそれに引っ掛けた報道もいっぱいあって、陳腐ですけど僕もそうしようと思います。1973911日、チリでピノチェト将軍がクーデター、なんてのもあるんですけど。

911はアメリカでは緊急事態を知らせる電話番号で、それが偶然にも日付に一致していたので憶えやすく象徴として広まったところがあるんですけど、日本では警察が110番、消防救急が119番、なぜ似ているんでしょう?これはダイヤルフォンの場合、9や0はダイヤルがすぐ巻き戻るからすばやくかけられて、これに1、つまり一番遠くて巻き戻るのに時間のかかる数字を入れて、その巻き戻りの時間で落ち着きを取り戻してほしい、ということなんだそうです。プッシュフォンの時代には全く意味がないんですね。

 そして洋楽絡みでいうと、911日はSTYXのギタリストTommy Shawの誕生日。克也さんもおっしゃっていましたし、僕も実は彼と話したことがあるんですけど、背が異様に低くてはにかみ屋でかわいい感じがする。そんな彼も52歳。彼も自分の誕生日に責任を感じているようで(どんな責任じゃ?)、同時多発テロ事件の犠牲者の家族への義援金募集活動に熱心で、またその延長で今回のハリケーンカトリーナの被害者救済の義援活動も早速始めており、やっぱりストリーミングで彼が生声で募金を呼びかけるメッセージを聞きました。 

B000002pc601_sclzzzzzzz__3  今回のタイトルはまた選挙の話に戻るんですけど、地すべり的勝利、というのはlandslideですが、これは最近ではDixie ChicksFleetwood Macの曲をカバーしてヒットになったことで知られるようになった曲。また、オリビア・ニュートン・ジョンの、「フィジカル」の次の次のシングルカットの曲がやはりLandslideで、これはそれとは同名異曲でした。

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2005年9月 9日 (金)

The City of New Orleans

やはり克也さんはちょっと遅い夏休みをとられたようですね。ZIP Hot 100を休まれたのは予告どおり、SMAstationのナレーションも主要部分は松尾さんで克也さんパートは繋ぎ部分だけ。またニューヨークにでも行かれたのでしょうか。

9月の月空けのアメリカの話題は、台風カトリーナ一色だったのではないかと思います。

B000002til01_scmzzzzzzz_ 洋楽ファンの僕としては、不謹慎は百も承知ですが、どうしても Katrina & the Wavesを思い出してしまいます。モータウンのリズムにブラスを乗せた、Walking on Sunshineというアッパラパーな曲を84年にヒットさせた。偶然ですけどそのものずばりの名前じゃありませんか?炭疽菌テロのあとのANTHRAXみたいに、本人たちも恐縮しているんじゃないかって思ってネットで調べてみたら、彼らは数年前にカムバックしましたが、今は解散してカトリーナ一人になっているとのこと。案の定、復興義援金募集サイトにリンクしていました。

悪趣味とは思いつつ、いくつかのラジオ局にWalking on Sunshineをリクエストしてみましたが不採用でした。四年前にAlisonという台風がテキサス州に上陸し、やはり相当の被害を出しましたが、その時もElvis Costello Linda RonstadtAlisonをリクエストしましたがやっぱり却下でした。これはどうでもいいんですけど、結局、大きな台風は女性の名前であることが多いみたいですね。(アンドリューってでかいやつはありましたね)せっかく「男女共同参画」にしたのに。C6e1a2c008a093efcfc92010l B000002gwi01_sclzzzzzzz_

一番被害が大きかったニューオーリンズがベニスみたいに水浸しになっているのを見ると気が重くなります。「ペリカン文書」「依頼人」「ニューオーリンズ法廷」と、裁判ものが得意なジョン・グリシャムが好んで舞台に使う町ですけど。

B0009wpky001_sclzzzzzzz_ Kanye Westが救援活動に関してブッシュ大統領を批判しました。ニューオーリンズはアフリカ系アメリカ人人口が65パーセントを占めているから、救援を本気でやる気がないんだろう、と。いま、Zip Hot 100で、シャーリー・バッシーの「ダイヤモンドは永遠に」をサンプリングしているDiamonds from Sierra Leoneが上がっていますが、シオラレオーネはダイヤモンド産地であると同時に、19世紀に奴隷輸出のための「砦」があった(とされる)場所。彼も人種の観点から、Tobby Keith Dixie Chicksの間で分断されているアメリカの論争に一役買うのでしょうか。B00063f8cg01_sclzzzzzzz_ B00006bimo01_sclzzzzzzz_

今週のタイトルThe City of New Orleansは、伝説のフォークシンガー、ウディ・ガスリーを父に持つArlo Guthrie72年のヒット曲。ストリーミングでアメリカのオールディーズ専門局を聴いてみると、やはり今相当かかってます。

B0006gd0w801_sclzzzzzzz_ こんなことを書いているうちに、日本でも台風14号が北上してきました。被害にあわれた九州の皆様には心からお見舞い申し上げます。小生は大宰府育ちです。

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