« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2005年10月26日 (水)

We Will Rock You!

23日のZIP HOT 100の「今日は何の日」で、「ピンボールの魔術師」Pinball Wizardがかかりましたが、Whoと紹介されましたが、かかっていたのはエルトン・ジョンのカヴァーヴァージョンのやつでしたよ。放送中に入れられたらよかったんですけど、今週、日曜日に仕事が入っていて、後で録音で聴いたんです。ごめんなさい

さて、今週の24日、ついに来てしまいましたねえ。

クィーン+ポール・ロジャースです。

 もともと賛否両論あったこの再結成でしたが、ライブが始まると評判はいいようで、批判は消えたようです。でも僕は正直言ってまだしっくりきていないんですけど。

 僕はポール・ロジャースというと、フリーは後になって聴いたんですけど、バッドカンパニーは同時代に聴いていて、すごく好きでした。フレディ・マーキュリーとも、音域も声質も違うような気がします。

B00004ytwm01_sclzzzzzzz_  それに、来日会見の模様もちょっと見たんですけど、日本公演に向けてサービスたっぷりで、日本のファンに向けた独自の選曲ラインアップになるとのこと。「手をとりあって」はいいんですけど(ポールもこの曲のために無理やり日本語を練習させられたんじゃないかなあ)、I was Born to Love Youを演るのはどうかなあ。いくら日本ではドラマやテレビCMに使われて良く知られているといっても、あれはもともとフレディのソロの曲、それを後に他のメンバーが音入れをしたというだけで、ポールには二重に関係ない曲になるはず、それを演るのはちょっとねえ。しかもブライアンが会見でキムタクのまねをして、「メイビー」と言ったとか言わないとか。僕としてはクィーンはあまり人に媚びない孤高のバンドのイメージが残ってますので、それがちょっと崩れてきています。

 以前に、スティクス、ジャーニー、シカゴ、アンブロージァなんかが、全盛期を担ったヴォーカルが抜けた後、そっくりの声の無名のヴォーカリストを擁して再結成するのがパターンになっていると書きましたけど。

 クィーンの場合は、ヴァン・へーレンがかつてデヴィッド・リー・ロスが脱退した後にサミー・ヘイガーを加入させたのと同じように、既にヴォーカリストとして名前が確立している人を後釜に据えるパターンで、こうなってきますと、ヴァン・へーレンをそう思ったんですけど、以前のテイストを色濃く残した別のバンド、になってしまうと思うんですね。クィーンやフレディみたいなビッグネームになると、取って代わるものはなく、フレディがいない以上、別の切り口を打ち出すしかないのでしょうね。クィーンもこのメンバーで新曲を録音するなら、それに期待したいと思ってます。克也さんはインタヴューできるのでしょうか。

B00092zmdy01_sclzzzzzzz_  そこへ行くと、昔ながらのメンバー(多少の出入りには目を瞑るとして)でやっているベテラングループ、ストーンズ、エアロスミス、フリートウッドマック、イーグルスなどは考えてみると凄いですね。イーグルスは新曲 No More Cloudy Daysが上がってきたし、「さよならツアー」をもうかれこれ足掛け三年やっている。まるで十回近く引退宣言したあと必ず復帰したモハメド・アリみたい(笑)

先週は、克也さんと誕生年が同じ、僕と誕生日が同じのレオン・ラッセルも来たようですし。おじさんロック、健在なり、です。

ポールは来日会見で、We Will Rock You!あんたらをノックアウトするぜ、といったようです。もう気分は完全にメンバーの一人なんですね。 0d24b340dca0a40b84c81010l この曲は、スポーB00004wzkv01_sclzzzzzzz_ B000002hm801_sclzzzzzzz__1 ツの大きな大会でもよく使われるし、Fiveやリンダ・ロンシュタットなんかもカバーするし、凄く有名になってしまいましたが、同時代に聴いていた同時代に聴いていた僕としては、アルバム「世界に捧ぐ」の中で「伝説のチャンピオン」の前奏曲扱いで、シングルでもその曲のB面だったイメージが強いんですけど。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005年10月19日 (水)

As

B0001msgx001_sclzzzzzzz_ 1016日放送のZIP HOT 100ではスティービー・ワンダーの曲が二曲ほぼ連続でかかりました。「今日は何の日」で、19761016日にちょうど、彼の名作アルバム「キー・オヴ・ライフ」が発売されたとのことで、その中からの全米No 1ヒットの Sir Duke「愛するデューク」が、続いて80位にニューエントリーした From the Bottom of My Heartが。

70年代のスティービーは音楽的に脂の乗り切った時期でしたが寡作で、アルバムとアルバムの間の期間がやたら長く、よく無期限延期になっていたりしていて、この「キー・オヴ・ライフ」もその前の「ファースト・フィナーレ」からほぼ3年ぶりだったりしたので、克也さんは、スティービーのニューアルバム、A Time to Love も発売無期限延期、と思わず口を滑らせてしまいましたが、実は今月18日オン・セールでした(笑)。確かにファーストシングルの So What the Fuss?が今年の初めに出て、そのときアルバムが同時リリースと聞かされて、それから相当待たされたわけですが。

彼のその活動ペースの原因とは・・・

ちょうど、その前日15日のSMA-Station 5 で克也さんナレーションで黒澤明監督の特集をやっていて、矢の集中攻撃を受けるシーンは実際の矢を使った命懸けの撮影だったとか、関係ない民家の屋根が邪魔だからわざわざ取り壊させたといったエピソードが紹介されていましたが。

その黒澤とスティービーを結びつけるものが、分野は違えども、完全主義、だと思うんです。

スティービーの関係者が、ひどい冗談なんですが、こんなことを言ってました。「スティービーのレコードを出したかったら、彼が亡くなればいいんだよ。お蔵入りになっている音源が山ほどあって、彼がリリースのOKを出さないんだから」

実際彼は時間さえあればスタジオに篭って曲作りか録音をやっている。Char(竹中尚人)もスティービーに会った時、君もミュージシャンか、一緒に何かやろう、と無理やりスタジオに入れさせられてジョイントをやったとのこと。

そんな感じで貯めに貯めた曲がゴマンとあって、その中から選びに選んだのが、数年間の一枚としてリリースされる。その過程が彼の時間の秘密だったようです。

B00004szwd01_sclzzzzzzz_ 「キー・オヴ・ライフ」も、その完全主義の賜物で、美しい曲あり、精神的な曲あり、過激な曲ありですばらしい作品で、グラミーの最優秀アルバムにも輝きましたが、全演奏時間が106分で、LP二枚に17センチのシングル盤の大きさの33回転のボーナスが一枚と他に類を見ない長さと形態で、確かLP一枚2,300円の時代に5,000円の値段が付いていたと思います。B00006329w01_sclzzzzzzz__1

B000000hkv01_sclzzzzzzz_      

ソウルミュージックのみならずポップスの歴史全体を変えた名作で、その影響は今も色あせません。3年前はTAKE6がスティービー本人をゲストフィーチャーして、「キー・オヴ・ライフ」の第一曲目Love’s in Need of Love Todayをカバーして、グラミーの最優秀R&Bグループパフォーマンス賞を受賞するし、95年にCoolio Pastime Paradiseをサンプリングネタにした Gangsta’s Paradiseをヒットさせている。これらが70年代当時はシングルヒット曲ではなく単なるアルバムカットだったことを考えると、その影響の大きさがわかるというものです。

B00004vy5f01_sclzzzzzzz_ ポップスの歴史に残る名盤の製作過程をインタビューと資料映像で振り返るDVDシリーズが出ているのですが、「キー・オヴ・ライフ」もあります。Isn’t She Lovely「可愛いアイシャ」の冒頭の赤ちゃんの鳴き声は実は愛娘アイシャのものではないこと、間奏のハーモニカソロは実はスティービーがミスった本来ならボツのテイクが使われていたこと、曲の終わりの挿入でアイシャは beat me ぶってちょうだい、と言っていたことなんかがわかって面白いです。そのアイシャ、成長して、ニューアルバムでは彼女の歌声をフィーチャーした曲が二曲収録されているとのこと。まだシングルになった So What the Fuss?と From the Bottom of My Heartしか聞いてませんが、甘いバラードばかりだったここのところのスティービーとは違って原点に回帰しているようで、ちょっと期待です。

B00004sf1301_sclzzzzzzz_ 克也さんが以前名古屋でやっていたテレビの情報バラエティ「ビビデバビデブ」で、エンディングテーマに、I Wish「回想」が使われていましたが、克也さんも何か思い入れがあるのでしょうか。この「回想」はウィル・スミスの「ワイルド・ワイルド・ウェスト」のサンプリングネタでもありました。

B00000ilm901_sclzzzzzzz_ 今回のタイトルAs「永遠の誓い」もこのアルバムからのシングルヒットで、最近ではジョージ・マイケルとメアリー・J・ブライジがカバーしました。7分以上の演奏タイムの、歌詞も、「イルカが空を飛んでオウムが海に住む日まで、母なる自然が役目を終える日まで、僕が君になって君が僕になる日まで、夜が昼になって昼が夜になる日まで、僕は君を愛し続ける」という壮大な曲で、間奏のエレキピアノソロをやっていたのが克也さんも会ったばかりのハービー・ハンコックでした。

B000009cmk01_sclzzzzzzz_ 因みに「キー・オヴ・ライフ」では、ジョージ・ベンソンや、後に Maniacという曲を映画「フラッシュダンス」からヒットさせる Michael Sembelloなんかがバックミュージシャンとして参加しています。あとライナーのブックレットにスティービーが謝辞を捧げている人たちの長いリストがありますが、中に兄弟デュオ、ブレッド&バターの岩沢幸矢さんの名前があったりして、ちょっとうれしかったです。

さて、このAsという曲、BreadIfと並んで、一単語二文字のタイトルで、チャートに入った曲としては二番目に短いタイトルの曲です。更に短い一単語一文字タイトルがあるのですが、それは誰のなんと言う曲でしょう?

| | コメント (2) | トラックバック (8)

2005年10月12日 (水)

Pon de Replay

またまたマイナーかつ古い話題で恐縮です。

Jock_casey 日曜の夜は(局、地方によって放送時間帯が違うで実は土曜の夜にも聴ける)夜更かしして懐かしいーシー・ケーサムのカウントダウン番組を聴いていると数週間前に書きましたが。

ストリーミングの次世代のポッドキャスティングがここでも話題になりましたが、PCさえあれば世界中のラジオがどこでも聴けるようになったストリーミングもまだまだ捨てたものではありません。

Caseykasem_a_2 一時期、著作権の関係で音楽関係の局がごっそり手を引いてしまいましたが、それでも自分のテイストに合った局が見つかるとうれしいし、ケーシーのような昔から聴いていたDJの番組がいまだに聴けるのもうれしいです。 Spotat40       

「アメリカントップ40」で世界的に有名になった彼でしたが、それ自体は2年前に引退して「アメリカンアイドル」のホストであるライアン・シークレストに譲り、現在はアダルトコンテンポラリーフォーマット局用の「アメリカントップ10」とホットAC,アダルトオルタナティヴフォーマット用の「アメリカントップ20」をともに3時間ずつやっています。「アメリカントップ10」にいたってはカウントダウン番組というよりほとんど懐メロ番組といった色彩が強いですが、昔からのケーシーのファンはそういう曲を紹介する彼が聞きたいのでしょう。実際ケーシー自身が、本家のトップ40を降板した理由は、ヒップホップやラップがチャート上位を占めるようになったのを嫌ったためだと発言していたようです。

ケーシーは御歳のためか(おそらくは契約に含まれているのでしょうが)休暇をとることも少なくないのですが、先週の放送はその休暇にあたっていて、そのピンチヒッターを努めていたのがチャーリー・ツナだったんです。

Charlie_alone 日本でもかつて、FEN(現AFN,Eagle810)がアメリカ現地の有名DJの番組を一時間単位で流していた形式だったとき、ウルフマンジャックと並んで看板を背負っていた感じでした。

ツナ缶詰の宣伝マスコットキャラクターから名前を頂いたという彼は、現在もロサンゼルス地区のモーニングDJで活躍中であり、KBIG104 というCHRフォーマットの局で、西海岸標準時で午前

5Extras4時から10時まで月金で担当していて、実はこれもストリーミングで聴けます。日本時間だと夜の9時から午前2時になります。

克也さんがZIP Hot 100でやっている、「テレフォンチャンスライン」や「言論の自由」の、リスナーに一斉に電話をかけさせて、つないで一言言わせては直ぐに切って次にいくやり方は、チャーリーがやっていた、telephone pollというコーナーからアイディアを頂いているんじゃないか、と思ってます。

そんなチャーリーのカウントダウン番組を聴いたのは初めてでした。普段の放送ではワイルドな話し方をする彼が、猫を被ったみたいにまじめな、ケーシーに劣らない原稿読み口調の放送でした。そういえば、70年代、FENで聴いた彼もワイルドだったけど、ただ軍の情報の原稿を読んでいる時だけ、いかにも嫌々やらされてるって感じで急に大人しくなってとトチリもあった、なんてことも思い出しました。

しかし、ケーシー・ケーサム、チャーリー・ツナに小林克也かあ。リック・ディーズも聴けるし、僕がラジオや洋楽を聴き始めたころと顔ぶれが代わっていない。30年間進歩していない僕が問題なのか。いや、やっぱりいいものは時代を超えて生き残るんだろう。アンコーさんも復活したし。ケーシーは1932年生まれの73歳で、克也さんは彼よりもX歳もお若い。まだまだですね。それからやっぱり、こんなラジオ生活を可能にしてくれているインターネットにも改めて感謝。

B000amy07w01_sclzzzzzzz_v57103210_ 今回のタイトルは言わずもがな、今アメリカでも日本でも大ヒット中の Rihannaの曲。”Hey Mr. DJ, won’t you turn the music up?”と、DJを歌った曲は数々あれど、一番新しいので頂きました。でもこの曲は必ずしもラジオのDJのことを歌っているのではないようで、DJの意味も変わってきてしまいました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年10月 5日 (水)

No.18 with a Bullet

Im_koba_ans  ZIP Hot 100の「今日は何の日?」のコーナーで、「つぶれてしまったキャッシュボックスという音楽業界誌・・・」という一言がありましたが、克也さんはそれを言うとき、何か胸に去来するものはないのでしょうか?克也さんはほぼ十年間、毎週そこに電話をかけていて、伝説的な番組を作っていたのですから。

 そこで今回は、僕の個人的な克也さんとの「馴れ初め」を思い出してみようと思います。B00000g3wy01_sclzzzzzzz_      

B000001dvr01_sclzzzzzzz__1  そもそも僕のラジオ好きは9歳の頃から始まりました。きっかけは親がラジオを買うはずだったのが違う型のものが届いてしまい、それでも返品が面倒だったから子供に使わせよう、みたいなちょっとした偶然からでした。野球中継なんかから聞き始めたんですけど、ダイアルを適当に回していたら、当時、新聞に唯一載っていなかった810khzという周波数から不思議な音楽と不思議な音の言葉が流れてきて、衝撃を受けたのが、その後の人生を決めちゃったようなところがあります。75年頃で、ディスコの流行り始めの時期で、カーペンターズ、エルトン・ジョン、イーグルス、ジョン・デンバーなんかの全盛期でした。B000002gvs01_sclzzzzzzz_       

B0009i7o1601_sclzzzzzzz__1  その当時から克也さんはいろいろやってましたから、克也さんの声を本当にはじめて聞いたのはいつかは正確には分かりません。カマサミ・コングが国外で弱い電波で聴いて、自分もDJになると決意し名前も頂いたという、伝説の「オールナイト・ニッポン」も聴いたことはありません。だいぶ後で知ったことですが、ラジオ関東(現RFラジオ日本)の、湯川れい子さんの「全米トップ40」のオープニングのナレーションをやっていたのが克也さんだったらしいので、それが最初ではないかなと思います。カッコいい英語で、アメリカ人がやっているんだって思ってました。同じ時期にやはりラジオ関東で、月金の帯で深夜1230分頃から15分の長さで「スネークマンショー」をやっていました。ウルフマンジャックはもう聴いていたのでそれの亜流かなと思って夜更かしして聴いたことがあります。これも克也さんが関わっていることは知りませんでした。

 そして僕が克也さんの存在をはっきり認識したのは、その伝説の番組「ナガオカ・ワールドミュージック」でした。FM東京(現TOKYO FM)日曜深夜12時から、キャッシュボックス誌の編集部に直接電話をかけ、誌面で発表されるより一週間早いチャートを、シングル、アルバムのトップ20、初登場や上昇曲の発表と、30分番組ながら濃い内容で、音楽情報番組としてはこれを超えたものはいまだに出て来ていないのではないでしょうか。

 後になって、中学生の頃にはやっと同じ趣味の友達ができました。その彼とこの番組の真似をして、電話で、片方が、順位、アーティスト、曲名を順々に言って、もう一方が、mm-hmm, uh-huh, yeahと矢継ぎ早に相槌を入れていく「小林克也ごっこ」という異常な遊びを開発していました。

B000002kn101_sclzzzzzzz_  克也さんの御尊顔を初めて拝見したのは、雑誌FMfanの、DJお宅訪問、みたいな、自宅のレコードライブラリーとオーディオセットを紹介する記事だったと思います。克也さんはお薦めの一枚として Cheech & Chongを挙げてました。



B0000032n601_sclzzzzzzz_  今回のタイトルは、Pete Wingfieldという一発屋アーティストの75年のマイナーなヒット曲。それでもトップ20に入っています。「18位、上昇印付き」ということですが、ちょうどこのキャッシュボックス誌の上昇期待印が「弾丸」で、ビルボード誌は「星」でした。日本では「赤丸急上昇」といってましたが、オリコンがそうだったのでしょうか?

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »