We Built This City
これはベストヒットUSA世代の方々にはお馴染み、9月3日のベストヒットUSAのリクエストコーナーでかかったスターシップ「セーラ」の前の1985年のNo.1ヒット。
その時点で既に20年近いキャリアがあり、ヒット曲もいっぱいあったバンドですが、初めてのナンバー1、しかもバンドのイメージを大きく変えての成功でした。
邦題「シスコはロックシティ」。シスコとはカウボーイのキャラクターが一番有名で、サンフランシスコのことは意味しません。古い言い方ですが Friscoが最も一般的ですが、これはサンフランシスコ以外での言い方で、サンフランシスコに住んでいる人に言ったら大抵は嫌な顔されます。サンフランシスコ内部ではS.F. とか the Cityとかが好まれるみたい。
この歴史の長い、サンフランシスコを代表するバンド、皇室に慶事があったからってわけじゃありませんけど、ほぼ20年間ずっと「後醍醐天皇」の「南北朝」状態なんですね。
有名なジェファソン・エアプレインとしてスタート。フラワーチルドレンとか、ヒッピーとか、60年代半ばからの対抗文化の中心だったサンフランシスコから出てきた、ドラッグの退廃的なイメージが重なるサイケデリックロックバンドでした。
オリジナルメンバーとして、女性ヴォーカルのグレース・スリック、男性のマーティ・バリン、ギターのジョーマ・コーコネン、ポール・カントナー、後に加入したベースのジャック・キャサディなんかがいました。コーコネンがブルースシンガーのブラインド・レモン・ジェファソンの真似をよくしていて、ブラインド・トマス・ジェファソン・エアプレインと渾名されていたことからグループ名がきまった。
3日のタイムマシンのコーナーでかかったキャンド・ヒートは67年のモンタレー国際ポップフェスティヴァルからの映像でしたが、ジェファソン・エアプレインも登場しましたし、それからウッドストックにも。
良く知られている曲は”Somebody to Love” “White Rabbit”など。進歩的な町サンフランシスコ、ヒッピーの若者たちの象徴になっていきました。
その個人主義的な文化から登場したためか、人間関係もドライだったのでしょう。スリックを始め、メンバーがドラッグで逮捕されること少なからず。また、スリックとカントナーは結婚したことはありませんが二人の間に婚外子がいたりして。これはMTVでVJをやっていたチャイナ・カントナーです。
70年代に入ってますますばらばらになり、コーコネンとキャサディはサイドプロジェクトのホット・ツナを結成し、段々こっちのほうに本気になっていって、エアプレインのツアーに参加しなくなっていく。そこでカントナーは二人抜きでバンドを再編成しようとするが、ジェファソン・エアプレインとはコーコネンの渾名から取ったので使う権利がないということで、ジェファソン・スターシップと名を変えて再スタートする。空挺が宇宙船に昇格したわけです。
ジェファソン・スターシップとしては、サイケ的な要素はアルバム収録曲には残ったものの、70年代半ばにヒットした”Miracles,” “With Your Love” “Count on Me”などシングル曲は、聴きやすく普通のウエストコースト色を強めていく。
そして70年代末にはマーティ・バリンがグループに疑問を感じ脱退、ソロ転向へ。81年の「ハート悲しく」”Hearts”は、なんか演歌みたいな短調の音階かつコブシのきいたヴォーカルで日本でもヒットしました。
ベストヒットUSAにもゲスト出演しましたね。克也さんと彼の名前の発音は「バリン」か「ベイリン」かで論争したんじゃないですか。
男性ヴォーカルが抜けたジェファソン・スターシップは後釜に、ブルースギターのエルヴィン・ビショップのバンドで歌っていて、76年に「愛に狂って」”Fooled Around and Fell in Love”という大ヒットのある、ミッキー・トーマスを迎えます。音的にはますます普通のロックバンドになって80年代を迎える。
そしてこの音楽の方向性に嫌気が差し、ポール・カントナーも脱退、訴訟を起こしてバンド名の権利を主張、バンドが残っても名前を使えなくしてしまう。それで残ったバンドは、ジェファソンを取って単に、スターシップ、となったわけです。
そこから80年代半ばの大進撃が始まる。
先ほどの「シスコはロックシティ」「セーラ」映画「マネキン」のテーマ「愛は止まらない」なんてナンバー1を連発する。後にロバータ・フラックとマキシ・プリーストがデュエットでヒットさせた”Set the Night on Music”も元々スターシップのアルバムカットでした。売るためのロック、日本で言う産業ポップロックバンドになってしまい、グレース・スリックにはドラッグ文化の女王としての面影は全く消えてしまった。
ところが同じ時期、ベストヒットでグループ活動は会議ばっかりでうんざりだといっていたマーティ・バリンとポール・カントナー、ジャック・キャサディが再び意気投合、3人の頭文字を取ってKBCバンドを結成して活動を始めます。ここから流れが二つできて、「南北朝」状態になっちゃうわけです。
むしろ昔のエアプレインの流れを汲むのはKBCだということで、グレース・スリックもスターシップを脱退して合流、コーコネンも迎えて、90年代にはジェファソン・エアプレインの完全復活が一時期ありました。
その後グレース・スリックは音楽からセミリタイアし、時折映画のサウンドトラックなど単発で録音したりしていますが、現在はむしろ絵画に興味を持っているようです。
そして、カントナーとバリンはジェファソン・スターシップの名前を復活させて、次世代ジェファソン・スターシップ Jefferson Starship The Next Generation JSTNGとして現在も活動中。
そしてもう一つの流れは、ミッキー・トーマスが完全にフロントマンになって、バックはジェファソンの流れを汲まない若いミュージシャンのみでバンドが続き、Starship featuring Mickey Thomasとして、80年代のヒット曲をライヴで歌い続けています。DVDも出てます。
つまり現在は「ジェファソン・スターシップ」と「スターシップ」が全く別に存在している状態なんですね。
宮様、跡取りは一人でよかったですよ。複数いるとろくなことがない。
このように一つのバンドの中での人間関係はドライでも、サンフランシスコを含めたベイエリア全体を眺めてみると、ミュージシャンたちは一つの大きなコミュニティを作っているような気がします。そのことはまたいずれの機会に。
SF。坂の多い町、路面電車の町、モーホーがいっぱいいる町。
僕はそう嫌いではない。
| 固定リンク
「旅行・地域」カテゴリの記事
- 憧れのラジオガール(2008.11.25)
- Love and Happiness(2007.06.07)
- You Ain't See Nothing Yet(2006.11.10)
- Another Rainy Day in New York City(2006.10.05)
- Southern Man(2006.09.22)
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- Wake Up Everybody!(2010.02.07)
- Saturday in the Park (Part 1)(2009.08.24)
- Time Machine-1984(2009.04.24)
- (You Make Me Feel Like)A Natural Woman(2008.12.24)
- Chocolate CIty(2008.11.11)
「音楽」カテゴリの記事
- Take It Easy~All I Wanna do(2010.09.23)
- Hang’em High(2010.03.03)
- Wake Up Everybody!(2010.02.07)
- Try to Remember/ The Way We Were(2010.01.15)
- GET READY!(2009.12.16)
「60年代」カテゴリの記事
- Hang’em High(2010.03.03)
- GET READY!(2009.12.16)
- Old Friends(2009.08.02)
- Soul Man(2008.09.22)
- Nobody Wins(2008.01.25)
「70年代」カテゴリの記事
- Take It Easy~All I Wanna do(2010.09.23)
- Hang’em High(2010.03.03)
- Wake Up Everybody!(2010.02.07)
- Try to Remember/ The Way We Were(2010.01.15)
- GET READY!(2009.12.16)
「80年代」カテゴリの記事
- Take It Easy~All I Wanna do(2010.09.23)
- Wake Up Everybody!(2010.02.07)
- GET READY!(2009.12.16)
- Listen to the Music!(2009.11.20)
- Saturday in the Park (Part 2)(2009.09.28)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント