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2007年2月22日 (木)

Stevie's Wonder

またまた行ってまいりました。

スティーヴィー・ワンダー、日本縦断ツアー。

セットリストつきリポートで行ってみましょう。

6時開場7時開演予定でしたが。早く行って、ツアーグッヅを見ようとしたけど、CDしか売っていなかった。あまりミーハーなファンがいないということなのでしょうね。

開演も25分くらい遅れた。大物は待たせるなあ。

そして流れてきたのが

1 Too High

Stevie_wonder_innervisions_2 73年の金字塔的傑作、「インナーヴィジョンズ」の第一曲目がオープニングだ。僕の一番好きなアルバム、克也さんも?レコードに針をはじめて落として、あのシンセサイザーの流れるようなフレーズが流れてきたときの痺れは今でも覚えているけれど、それから始まった。何かを予感させて、

2 Visions

タイトルは違うけれど、その「インナーヴィジョンズ」の事実上のタイトル曲。このアルバムは、美しく攻撃的。その美しさの面を表した曲だが、ゆったりとした感想の間に、挨拶。「僕の心の中の映像が、いつか現実になるように。その日まで、願いを失わない。世知辛いこの世界の中で」

3 Living for the City「汚れた街」

「インナー…」もそうだし、彼のほとんどのアルバムがそうなんですけど、曲と曲の間がないノンストップ構成。ライヴもそうで、続けてそのアルバムからの最大のヒット曲。60年代の都市部の黒人の生活の悲惨さを歌った曲で、僕も大学教師を始めた年にロサンジェルスで暴動があって、この曲を授業で紹介した思い出もあります。基本的に4拍子だけどサビだけ3拍子になる、のるにはちょっと難しい曲。周りで立ち上がって踊っていた人たちが調子を崩すのを見ていておかしかった。

4 You Are the Sunshine of My Life

Stevie_wonder_talking_bookここでちょっと一休みって感じで、「トーキングブック」からの美しく楽しいナンバー1ヒット。よくライヴでは、”Though I’ve loved you for million years”のところを、”…I’ve loved Japan for…”みたいにその場所で言い換えて受けを狙ったりするんですけど、今回は何もありませんでした。

5 Higher Ground

また「インナー…」に戻って、それからのファーストシングル、レッチリもカバーした攻撃的な曲。

彼は生まれながらにして視覚がないことはよく知られていますが、実は味覚も嗅覚もないんです。でもこれは後発のもので、その「インナー…」がリリースされた直後、交通事故で瀕死の重傷を負って、九死に一生を得ますが結果、味覚と嗅覚も失ってしまった。  彼の意識を回復させるために、ずっとこの曲を流して歌わせていたそうです。

 聴覚と肌で感じる感覚しか残っていないけれど、それでも音楽ができることはすばらしいことなんだと、その後の彼は訴え続けているようです。

6 Superstition 「迷信」

7 Don’t You Worry’ bout a Thing 「くよくよするなよ」

「トーキング…」からの、ファンクの古典としても有名なナンバー1ヒットと、日本ではインコグニートのカバーで知られている「インナー…」からの最後のシングルヒット。一緒に歌っていて気がつきましたが、Daniel Powter “Bad Day”に通じるテーマを持っていたんだなあと思いました。

 ここまでは「インナー…」を中心とした三部作からの選曲が多く、個人的に期待していましたが、ここら辺を境に一挙にヒットパレードになだれ込みました。

8 If You Really Love Me

Stevie_wonder_greatest_hits_vol_2 彼の70年代の一連のヒットの最初を飾った曲。当時の奥さんだったシリータ(ライト)との共作でデュエット曲。Aメロ=サビの部分以外はゆっくりになる曲ですが、その部分をレコードより思いっきり緩く、貯めに貯めてやっていました。来日会見で「今まで演奏していた曲も違うアレンジでやります」といっていたのが徐々に出ていた。

9 Lately

10 Stay Gold

11 Overjoyed

Stevie_wonder_hotter_than_july ここら辺は日本ではCMなんかに使われておなじみの、ピアノが中心の美しいバラードナンバーが続きます。980年の「ホッター・ザン・ジュライ」、1185年の「イン・スクエア・サークル」から。11ではバレイダンサーが華を添えました。

 僕は実は「ステイ・ゴールド」とか。90年代の彼はあまり好きではありません。CD今のところもっていません。去年の「タイム・トゥ・ラヴ」は88年の「キャラクターズ」以来久しぶりに買いました。その間の時期はどうも凡庸で、丸くなっちゃって、彼でなくても書けて歌える曲が続いたような気がして。

12 Master Blaster Jammin

 「ホッター…」からの、ボブ・マーレーに捧げたレゲエの曲。すごく短く切り上げたアレンジでした。

13 I Just Called to Say I Love You「心の愛」

Woman_in_red_soundtrackシェップ&ライムライツというドゥ・ワップ・グループの50年代の大ヒット「ダディーズ・ホーム」をふざけながら歌って、この曲になだれ込みました。映画「ウーマン・イン・レッド」からのナンバー1、サビは大合唱。でも僕は個人的にはこの曲は、さっき言った、90年代の彼の凡庸化へのさきがけだったんじゃないか、なんて思っています。歌詞なんかほとんどニール・セダカの「カレンダーガール」。

Stevie_wonder_my_cherrie_amor ここらで一休みして、「みんなのヴォイストレーニングの先生になるよ」といっていろいろな声を出させて、最後に「ららら~」と言わせておいて

14 My Sherry Amor

のイントロの「ららら~」に繋げました。今回の選曲では一番古い曲。

15 Signed Sealed Delivered 「涙をとどけて」

Stevie_wonder_signed_sealeddeliverd ピーター・フランプトンもカバーした、70年のヒット。これもレコードとはだいぶ違い、メロディを前面に出したジャズ風アレンジでした。


16 Sir Duke 「愛するデューク」

17 I Wish 「回想」

Stevie_wonder_songs_in_the_key_of_lifeそろそろ佳境か。77年の名作「キー・オヴ・ライフ」からのナンバー1を立て続けに。「回想」は名古屋の人にとっては克也さんの「ビビデバビデブ」の後テーマとしてお馴染み(といってももう誰も憶えていないか)。エンディング近くでは何度もカットブレイクを入れていました。

18 Ribbon in the Sky

Stevie_wonder_original_musiquariumベスト盤 Musiquariumの中の新曲として収録された911あたりと一緒にやってもよさそうなピアノの美しいナンバー。

ここでSend One Your Love「愛を贈れば」のコード進行を生かしたラムゼイ・ルイスみたいなジャズブレイクが入って、またヴォイストレーニングが始まって、ぶるるるる、と唇を震わせて

19 Part Time Lover

Stevie_wonder_in_square_circleになだれこんだ。これはドラム、ベース、ボーカルだけで、メロディ楽器を一切使わずシンプルに、聴衆に歌わせることに徹していた。


20 So What’s the Fuss?

Stevie_wonder_a_time_to_love去年の「タイム・トゥ…」からのファンキーな先行シングル。僕がスティーヴィーをちょっと見直した曲。一番新しい選曲がこれでよかった。


21 As 「永遠の願い」

ここの記事のタイトルにもしたことがある、「キー・・・」からの中ヒットだが、ジョージ・マイケル&メアリー・J・ブライジがカバーした深遠な内容の曲。アルバムでは8分近くもありエンディングが長いが、そこを利用して大勢のバックミュージシャンの紹介。

22 Another Star

 やはり「キー・・・」からの、原曲7分以上のサンバみたいな大盛り上がりの曲。そのエンディングで、「またすぐ帰ってくるよ、Hope to see you soon!

 僕はこの曲をはじめて聴いたときからずっと、どこかのプロレスラーが入場テーマに使わないかな、と思っていました。イノキ・ボンバイエ並に盛り上がると思うんだけどな。

 そしてこの曲、基本コード進行が、Am G F E7、でベースが一音ずつ下がっていく単調の循環コード、これは日本人が最も好きなコード進行のひとつだといわれています。

「太陽にほえろ」のテーマ(タラちゃーん)、アニメ「デビルマン」のテーマ、ニッカだったかサントリーだったかウィスキーのCMソング、あとストレイキャッツの「ストレイキャットすとらっと」なんかがそうです。

そのままオーラス。アンコールはありませんでした。十分でした。お疲れ様。

「ファースト・フィナーレ」からの選曲がありませんでしたが。前半にちょっと主張をこめたけれど全般的には楽しめるヒットパレードという構成でした。

Melissa_manchester_melissaタイトルのStevie’s Wonderは、メリサ・マンチェスターがスティーヴィーに捧げた曲。Too Highをぱくったフレーズも出てきます。「スティーヴィーの素晴らしさ」を満喫した夜でした。

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2007年2月15日 (木)

Not Ready to Make Nice

いつの間にかもうかなりの量になってしまったこのコーナーのコラム。

数ヶ月でこの場所からは消されてしまうのですが、音楽の情報に関して結構濃い内容のものもあるのでそのまま捨て去るには惜しく、独自にブログ形式で復活させています。

「小林克也のRadioBaka」  期限切れ遺失物移管所

普通の日記風のブログとは目的も赴きも異にするし、内容も小難しいところもないではないので、同じような音楽をテーマにしているブログに比べてアクセスはそれほどいいとは言えないでしょう。

克也御大の御名前をタイトルにお借りしちゃったので(ちゃんと許可を取りました)、それに釣られて迷い込んでくる方もいらっしゃるようです(狙ったな)。

それでもここ一週間くらい、急にアクセスが伸びているみたいなんです。普段の数倍も。

思うに理由は二つあります。

一つはグラミー賞。

ディキシーチックスを検索してみると、私のそのブログが出てくるみたいで、それを検索する人が急に増えたということですね。

Dixie_chicks_taking_the_long_way_1御存知の通り、今週始めに発表になった第48回グラミー賞で、”Not Ready to Make Nice”が最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、その曲が入っているアルバム”Taking the Long Way”で最優秀アルバム賞、のいわゆる主要三部門を独占、カントリー部門も合わせて合計5部門を受賞しました。

Mary_j_blige_breakthrough_1ノミネートの段階ではメアリー・J・ブライジが9部門と多く、例えば2000年のサンタナみたいに、多くの部門を同時制覇して独り舞台を作ってしまう場合はノミネーションの段階で大抵は兆候が見えるもので、今回はそれがメアリーに見えていたのですが、ふたを開けてみたらメアリーはR&B関連の3部門のみ、下馬評では下だったディキシーチックスがかっさらっていきました。

Toby_keith_greatest_hits_2_2以前のその記事にも書いたとおり、ブッシュ大統領とイラク戦争を批判したあと、立場が正反対のトビー・キースとのガチンコバトルが始まり、青と赤に分裂するアメリカの象徴にまでなってしまった。まだイラク戦争が支持されていた時期には、彼女らの曲はラジオ局からもボイコットされ、彼女たちのCDが大量にローラーで潰される「公開処刑」みたいなパフォーマンスもあった。脅迫状や嫌がらせも頻繁になり、家族にまで危険が及ぶのを恐れた彼女らは心ならずも謝罪表明を余儀なくされた。

そんな逆境から復活しての去年の新譜発表、そして今回の受賞でした。ブッシュ大統領の支持率が就任以来最低の水準にあり、選挙にも負けた現在だからこそ彼女たちが見直されたのであって、音楽ファンの公開投票で決まるアメリカン・ミュージック・アワードとは異なり、専門家の秘密投票で決定させるグラミー、ショウビズ関係はどちらかというと民主党支持者が多い、いろいろ勘繰りたくなる受賞劇でした。

そしてもう一つのアクセスが増えた理由は、バラク・オバマ。

イリノイ州選出、唯一の黒人の上院議員である彼が、来年の大統領選挙に出馬を表明しました。

ヒラリー・クリントンを検索するといっぱいサイトがヒットするんでしょう。ところがバラク・オバマだと私のブログがまだ上のほうでヒットするみたいなんです。そのディキシーチックスと同じ記事でニール・ヤングの、やはり反ブッシュ色の強い新譜を取り上げて、その歌詞の中にオバマが出てきたんですね。

The Angry AmericansThe Courtesy of Red White and Blue

史上初の女性大統領、黒人大統領はいつ登場するのだろう、なんて、私が大学生だった頃には授業の討論のネタになっていたものです。

私も専門家の端くれになってしまってから、女性でも黒人でも、まずは副大統領に当選して、それからのし上がっていく、というシナリオを描いていましたが。

今、アメリカの民主党では、来年の選挙に向けて、大統領候補レースの一番人気が女性、二番人気が黒人、という状態です。

本選挙で勝利するためには手堅く幅広く得票しなければならず、それにはやはり白人男性候補が必要だとの考え方も強いようです。

それでも、ヒラリーもオバマも、イラク戦争後の泥沼化で生じた閉塞感を打破しようとしています。

来年の選挙に向けてのアメリカは、not ready to make nice 無事平穏ってわけには行かない、ってか

それにしても、いつも古い音楽のことばかり書いているような気もするのですが、こういうときにアクセスがちょっと増えるし、先月のアナミー賞でもとり上げた、メアリーは言うに及ばず、ナールズ・バークレイ、ジョン・メイヤー、レッチリも本家グラミーでも活躍したし、ちゃんと今のことも語ってるじゃないか、と自己満足に陥った私でした。

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2007年2月 8日 (木)

I'll Be Around

ピーボ・ブライソンのライヴに行っちゃいました。

事務所のこのホームページ担当の橋本さんから、すごくよくライヴ行ってるんですね、といわれちゃいました。

いやいや、克也さんの放送が毎週聴けなくなって(赤味噌ジャーナルとおんなじところです)、それだけコラムのネタ探しに苦労しているということなのです。

それにしても。

去年のダニエル・パウターも “guilty pleasure”=ちょっと恥ずかしくておおっぴらにいえない楽しみ、といいましたが。

Peabo_bryson_through_the_fireピーボ・ブライソンに行っちゃうというのは、70年代ならバリー・マニロウに行くというのに、そのちょっと後なら、さだまさしを聞きに行く、といっているのに近いものがあるかも。



Roberta_flack_peabo_bryson_born_to_loveスタートは、ロバータ・フラックが、自殺してしまったダニー・ハサウェイに替るデュエットパートナーに、若く無名だった彼を指名して二枚組ライヴアルバムを発表してブレイクし、特に日本では、そのロバータとのデュエット「愛のセレブレーション」が、某有名女性ムード歌謡歌手と、そのバックダンサーだった無名の年下若者との結婚披露宴で野ダンスに使われたことから有名になった。90年代は逆にピーボ自身がデュエット上手になり、ディズニー映画ともうまくタイアップして、レジーナ・ベルと「アラジン」のテーマ”Whole New World”を、セリーヌ・ディオンと「美女と野獣」のテーマを歌って大ヒットした。そういえばセリーヌを世に送り出したのは彼だったんだなあ。

そんなわけで、甘いバラードシンガー、奥様たちのアイドル、のイメージが揺ぎ無いほど定着。

男としては気が引けるのですが、彼だって80年代初めはR&Bシンガーとして評価されているアルバムを何枚か出しているし、僕の好きな小さなライヴハウスで見られるし、まあいいか、と。

やはり行ってみたら、まるで演歌歌手のコンサートで、いい意味でも悪い意味でも、毒のない、落ち着いて何も考えずに楽しめる、でも刺激を求めるならちょっと足りない、という感じでした。

なぜ演歌かというと、まずしょっぱなから客席に現れて、席をぐるっと回り聴衆全員と握手した。

Spinners_ill_be_aroundDaryl_hall_john_oates_our_kind_of_soulそのバックに流れていた最初の曲は”I’ll Be Around”。スピナーズがモータウンレコードをやめてアトランティックに移籍し、音的にはフィラデルフィア・ソウルに傾倒していたころの72年のヒット曲。最近ではホール&オーツが、カバーアルバム「マイ・カインド・オヴ・ソウル」で取り上げた。それ以降、客席に下りて徘徊すること45回。まさに「いつでもそっちに行くよ」という感じでした。

挨拶は日本語でカンペをちらちらみつつ「私はあなたのしもべです」などと。

その後の前半は彼のオリジナルのレパートリーが続いて、

 Peabo_bryson_straight_from_the_heart“If Ever Your in My Arms Again” 彼のソロとしての最大のヒット曲。

“By the Time This Night is Over” ケニーG名義のヒット曲で、ケニーのソプラノサックスに彼がヴォーカルで協力した曲。そしてその「愛のセレブレーション”Tonight I Celebrate My Love”」と続きました。女性ヴォーカルを従えていましたが、そういえば今回は「アラジン」と「美女と・・・」は演奏されませんでした。

Kenny_g_breathlessその後は、今度のCDで録音予定の曲ですと紹介された、“Not Like This”というひとつを除いて、ずらっとカバーが続きました。

スティングの”If You Love Somebody, Set Them Free”ちょっと意外な選曲でしたが、このときにも客席に下りてきて、私自身、マイクを向けられて歌ってしまいました。

「世界で最もセクシーな女性の曲」と紹介して、シャーデーの”King of Sorrow”。ちなみにシャーデーとは正しくは女性の名前ではなくグループ名なんですけど、彼みたいなプロにもそのことは浸透していないんですね。

あとなんと、クラプトン、ベビーフェイスの「チェインジ・ザ・ワールド」を彼自身もアコギを持って。

「今回の日本のライヴで初めて歌う曲です。今、世界には憎しみが満ち溢れているからこそ、この曲を思い出したい」と、S&Gの「明日にかける橋」。

Chaka_khan_epiphany_the_best_of_1アンコールは、これは彼自身もUnconditional LoveというCDで録音していましたが、やはりチャカ・カーンのカバーで”Ain’t Nobody”。聴衆を立ち上がらせて躍らせて、自分も降りてきて女性客一人一人に赤いバラを渡した。

サービスもさることながら、よく知られた曲のカバーが多いのも、日本の演歌歌手、アイドル歌手のコンサートに近いものを感じました。このあたりは洋の東西を問わない構成方法みたいですね。

お馴染みの曲が多く、肩を張らずに聴けるコンサート、それをネタにこれだけあーだこーだ書いている自分はいったい何なんだ?

次のライヴレポートは、スティーヴィー・ワンダーのものになると思います。

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2007年2月 2日 (金)

Just the Two of Us

ここのところいろいろと話題の映画が目白押しのようで。

 「硫黄島の手紙」は重かったですね。内容もさることながら、集団自決シーンには目を背けました。

 音楽にも関係していて、もう少し肩を張らずに見られる映画を見てきたので、レビューします。

 ウィル・スミス主演の「幸せのちから」です。

 原題は The Pursuit of Happyness.

Pursuit_of_happyness_soundtrack  本来ならば、lonely loneliness, empty emptinessのように、yで終わる形容詞に-nessの接尾辞がついて抽象名詞化する場合にはyiになって、happinessとならなければならない。

 映画の中では、主人公の子供が通う託児所の塀の落書きに、子供が綴りを間違えてそう書いているから、という設定ですが。

 それ以上の意味があるのでしょう。

 つまり、「寂しさ」や「虚しさ」とは違って、「幸せ」とは特別なものなんだ。happi なんてケチな変化をせずに、あくまでもhappy であってほしいんだ、と。

 そしてこれは、1776年のアメリカ独立宣言の一節から取られたもの。

 書いたのは第三代大統領にもなるトマス・ジェファソンで、「人は皆、神の下に平等に創造され、生存、自由、幸福の追求、という天賦不可侵の権利を与えられている」という有名な部分ですが。

 映画の中のセリフにも「トマス・ジェファソンはなんで「幸福」だけじゃなくて「追求」をくっつけたんだろう?幸せってのは結局、追い求めるだけで決して獲られるものじゃないって知ってたんだろうか?」なんて出てきました。

 更に起源をたどると、これはジェファソンが影響を受けたイギリスの思想家ジョン・ロックの考え方に由来するものです。ロックは、人間には自然権、今の言葉で言う基本的人権、人間として生まれたら平等に与えられている権利があり、それは、生存、自由、財産の三つである、と唱えたのです。生命を侵されない権利、自由に行動し考える権利、そしてものを持つ権利=所有権、ですが、ジェファソンは三つ目を「幸福の追求」に差し替えたわけですね。

 ただこれは、大きな意味の違いはなかったんじゃないか、とも言われているんです。つまり、言葉は変わる生き物で、200年前のhappinessは今ほど抽象的ではなくて、むしろ物質的な意味をかなり持っていたという説があります。単なる「幸せ」ではなくて金銭的な満足の意味がかなりあり、その意味で所有を言っていることとあまり大差はなく物質を獲得することの自由の意味をこめたのだ、と。その意味でやはり、「獲得を追求」するものなのだ、と。

 なんかアカデミックな香りが漂いましたが、小難しい話はこの辺にして。

 結局、映画のテーマも、この二つの意味の幸せの追求、心の満足と、金銭的な成功、の二つがあったような気がします。

 ウィル・スミス演じるのは実在の人物、クリス・ガードナー。舞台は1981年のサンフランシスコ。

5歳の息子クリストファーと、妻と暮らす、貧しい、骨密度検査機のセールスマン。

 最先端の医療機器だと思って、ベイエリアでの訪問販売を一手に引き受け、財産のほとんどをはたいて仕入れるが、医療関係者には不要のぜいたく品と評価され、ほとんど売れない。

 それで妻もランドリーで共働き。クリスは子供を託児所に送り迎え。

 この辺り、私も実は子供を保育園への送り迎えをやってるもので、ちょっと自分の姿を見てしまいました。

 それでも暮らし向きは良くならない。家賃、保育料、違反駐車の罰金が溜まっていく。

 ついに奥さんも「幸せじゃない、幸せを探したい」と家を出て行ってしまう。子供との二人暮らしが始まる。

 クリスは貧しくとも、学生のとき算数が得意だった。

 地元の証券会社のディーラートレーニングプログラムの募集を見て、算数が出来て、人当たりが良いだけが条件、とあったので、応募を決意する。そのプログラムそのものが狭き門だったのだが、たまたま人事担当者とタクシーで乗り合わせて、ルービックキューブ(81年だなあ)を6面全部そろえたことが感心され、参加を許可される。

 ところが、やはりトレーニングプログラムで、研修中の数ヶ月は収入ゼロ、しかもその後に試験を受けて、数十人の参加者のうちたった一人が正式なディーラーとして採用されるのだという。

 無収入の間、ついにアパートから追い出され、子供と一緒に、教会で寝泊りしたり、その教会が他のホームレスで満員になってしまったときは、地下鉄のトイレに鍵をかけて一夜を過ごしたりした。

 そんな逆境にもめげず、研修をまじめに受け、持ち前のがんばりで、顧客を増やしていく。

 そして、最終試験日。クリスはディーラーに選ばれるのか?。。。

 結末はぼかしましたが、まあほとんどネタバレですね。すみません。 

これだけの映画です。普通の映画といえるでしょう。

それでも、僕自身を含めて、同世代で父親をやっている男にとっては、結構、自分を重ねられて、じわっとできるかもしれません。

Will_smith_men_in_black_iiWill_smith_wild_wild_west「インディペンデンス・ディ」以来、「メン・イン・ブラック」「ワイルド・ワイルド・ウェスト」「エネミー・オヴ・アメリカ」「アイ・ロボット」など、SF,アクションなどで破天荒な役を演じるイメージのある彼。

Hitch_soundtrackそれでも、ここのところ、謎の旅人を演じた「バガーヴァンスの伝説」とか、恋愛コンサルタントを演じた「最後の恋の始め方」とか、普通の役柄にもぼちぼち挑戦してはいましたが。

彼自身も映画を製作するようになり、そして自らが主演して、実在の普通の男を演じる。しかも愛情あふれる父親を。これでまた彼は芸の幅を広げたような気がします。              

George_benson_breezin

音楽も、70年代までのソウルを中心としたちょっと渋い曲が効果的に使われていました。


Stevie_wonder_innervisions_1Joe_cocker_ultimate_collection_1ジョージ・ベンソンの「マスカレード」(Are you really happy here…?ではじまるから)、スティービー・ワンダーの「ハイヤー・グラウンド」”Jesus Children of America”(ともに彼の最高傑作「インナーヴィジョンズ」からの選曲だ)、ジョー・コッカー「フィーリン・オーライト」などなど。

 一番話題なのが、子供のクリストファー役を、ウィルの実子のジェイデン・クリストファー・サイヤ・スミスが演じていることです。親子の役を親子で共演してしまった。実際の親子ならではの息の合った自然さは出ていました。

Grover_washington_jr_winelightWill_smith_just_the_two_of_us Just the Two of Us、たった二人だけ、82年のグローヴァー・ワシントンJrとビル・ウィザースのコラボによる大ヒット曲で、邦題「クリスタルの恋人たち」(うわー、前長野知事さん)。

 ところがウィルは2000年、この恋人同士の語らいの曲をサンプリングして、タイトルもそのままで、子供が生まれた嬉しさをラップに重ねて大ヒットを出しています。

 「この子は将来何になるかな、将軍か、博士か、はたまたラッパーか?」

なんて一節がありましたが、ラッパーではなく俳優という部分で、親を継がせようとしています。彼の親バカはすでにこの時から始まっていたんだな。

 次回作(映画ですが)では、やはりウィルのプロデュースで、今度は愛娘を女優デビューさせるんだそうです。

 「幸せのちから」は全国公開中。いかがですか?

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