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2008年4月24日 (木)

Heart of Rock'n Roll~Take Me Back to Chicago (Part 1)

何回連続でコンサートリポをやっているんでしょう?やっぱり書きやすいんでしょうね。

 今回も話題のシカゴとヒューイ・ルイス&ニューズのダブルヘッドライナーです。

 ダブルヘッドライナー形式、大流行で、いろいろな組み合わせでやられているようです。

 ちょっと前に単独来日していたナイトレンジャーは今度はファイヤーハウスと一緒に回ります。

 前回のネタだったボズ+TOTOもそうですね。

 以前に何回か取り上げた、DVDでも観られるスティクスREOスピードワゴン。最近はこれにデフ・レパードが入ったり入らなかったりしているようですが、これもそのまま日本で観てみたい組み合わせですね。

 組み合わせが成立するにはいろいろな事情があるのでしょうが、ボズ+TOTOみたいに、関係や音楽的共通性が多く見つけられるパターンだと、観る楽しみも倍増します。

 ここのところ毎年、シカゴはパートナーを換えつつ大きな全米ツアーをやっています。

 他にパートナーになったのは、アース・ウィンド&ファイア(EW&F)、アメリカ、リトル・リヴァー・バンドなどなど。

 シカゴ・ヴイエス・アース・ウィンド&ファイアー 「ライヴ・アット・ザ・グリーク・シアター」

EW&Fとの競演はLAでの公演をDVDで見ることができます。これは上の組み合わせの中でも最も良かったものではないかと思います。

 組み合わせ的にも、実は最も共通点があった二組ではなかったでしょうか。

 共にシカゴ(街の名前です。当然)が拠点。

 EW&Fのモーリス・ホワイトとシカゴのロバート・ラムはシカゴ大学の同窓生。

 共にブラスセクションが前面に出される音作りが特徴。

 シカゴのビル・チャンプリンはEW&Fのヒット曲 “After the Love has Gone”の作者。

 EW&Fは常にシカゴを意識していたという。78年、ビートルズの曲だけで繋ぐ、ピーター・フランプトン、ビージーズ三兄弟主演、RSOグループのマネジメントによる映画『サージェント・ペパーズ』の中で”Got to Get You into My Life゛を演奏するために出演する話は、実は最初はシカゴに行ったのだが断られたためEW&Fになったのだそうだ。そこでEW&Fは、もしシカゴがその曲を演奏するとしたらどうなるだろうか、ということを念頭にアレンジしたんだそうです。映画は大きくコケましたがEW&Fの登場場面と彼らのその曲は異彩を放っていた。

 そんなわけで、この2グループの競演はすごかったです。

 2バンドが同時に出てくるオープニングとクロージングは圧巻です。

 EW&F”In the Stone””Never, never my darlin, never will you be alone…”というコーラスと、シカゴの“Introduction””We can make it happen, yeah, we can make it happen”というコーラスを同時に掛け合いで演ってしまったり。この二つの曲がピタっとあってしまうなんて想像もできませんでした。

 それぞれのパートでも、リードヴォーカルの交換で、ビル・チャンプリンがEW&Fをバックに”After the Love…”を歌ったり、フィリップ・ベイリーがシカゴをバックに”If You Leave Me Now”「愛ある別れ」を歌ったり。このDVD70年代、80年代が好きな人には涙ものです。

 アメリカとは、ロバート・ラムが、アメリカのジェリー・ベックリー、ビーチボーイズの今は亡きカール・ウィルソンと共に Beckley-Lamm-Wilsonというユニットを組み”Like a Brother”というCDを発表したことがあります。でもその程度でしょうか。

 リトル・リヴァー・バンドと今回のヒューイ・ルイス&ニューズに関しては、そのような関連性が全く思い浮かびません。強いて言えば共にシカゴほどではないにせよ、やはりブラスとコーラスを重視しているグループ、といったところでしょうか。

 まあいずれにせよ、70年代、80年代に活躍していたグループの中から、スケジュールを睨みながら色々選んでいる、ということで、深く考える必要はないのでしょう。それを四の五のここまで引っ張る私は本当にロクな者ではない。

 さて、当日のコンサート。まずはヒューイ・ルイス&ニューズの登場です。

 ちなみに上記のダブルヘッドライナー全て、シカゴが後に登場しています。

 またEW&Fとの話に戻りますが、オープニングで必ず、どちらが先に演るかコイン投げで決めよう、とやって、2004年の48回の公演で、全て同じ結果が出てEW&Fが先になった、ということになっています。これはいくらなんでも嘘ですよね。コイン投げ約50回で全て同じ結果が出る確率は2の50乗分の1。天文学的数字になってしまう。そりゃそうでしょう。ただでさえ大人数のバンド二つなんですからセット換えの問題もあるし、順番は予め決めておかなければ。

 

SPORTS(紙ジャケット仕様) さて、真っ暗の中から心臓の鼓動が聞こえてきて、黒いシャツのヒューイが登場、やっぱり

 Heart of Rock & Roll

から始まりました。84年、彼らの人気を決定的にした金字塔アルバム”Sports”のオープニング曲。それ以来、彼らのライヴの第一曲目の座を一度も降りていないようです。ニュー・ヨークから始まって、アメリカ中の都市の名前が歌詞に出てきますが、肝心の「シカゴ」は出てこないんですよねえ。原曲は最後にクリーヴランド、デトロイト、と叫んでフェイドアウトしますが、デトロイトの替わりに「ナゴヤ!」と叫んで掴みにします。

 そのまま次の曲のイントロが始まり、「これは新しい曲だよ」と言いつつ、

Plan B

2 So Little Kindness

 新しい曲といっても、2001年の “Plan B”というCDに収められていた曲。7年前でも、それ以来はオリジナルアルバムが出ていないわけだから…

3 I Want a New Drug

4 Small World

 この2曲は完全にメドレー形式で。”Drug””Sports”からの2曲目のヒットで、同じ年に出てきたレイ・パーカーJrの「ゴーストバスターズ」は これの盗作だと騒がれ、リズムは確かに同じに聞こえるが、この”Drug”自体、リズムはM”Pop Muzik”から頂いている、などとちらほら。

Small World/Sports

 “Small…”の方は、88年のアルバムのタイトル曲。歯切れのいいキーボードから始まって、うまく繋がりました。

FORE!(紙ジャケット仕様)

5 Doin’ It All for My Baby

 “Sports”に続く、ノリにノッていた時期の86年の “Fore”から。こういう曲を聴くと、彼らはサンフランシスコ出身ながらウエストコーストロックの影響は少なく、ルーツは南部のメンフィスやニュー・オーリンズあたりのR&B、それにスワンプロックではないかと感じます。ブラス、特にサックスがブルージーですね。

6 The Power of Love

 ご存知、85年の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のサントラから。映画の中でもマーティ・マクフライ役のマイケル・J・フォックスが学園祭の出演目指してバンドコンテストで演奏しますが、「ハイ、止めて、五月蝿いだけ、次!」と不合格を食らう。その審査員ですまして座っていたのがヒューイ自身だった。懐かしいですね。

7 Jacob’s Ladder

“Fore”から。87年の彼らの来日に前座で付いてきたブルース・ホーンズビーの曲ですね。

 ここでブラスセクションは引っ込み、バックの四人も楽器から離れマイクの前に横一列に並んで、「ここらでアカペラはどうだい?」と、

8 It's All Right

これはカーティス・メイフィールドやジェリー・バトラーがいたインプレッションズというグループがオリジナルで、ドゥーワップのスタンダードの一つです。やっぱりそういうところがルーツなんですね。かなり初期から彼らのライヴで一息つくときの定番になっていて、見事にオリジナルそっくりに決めます。

 そういえば、彼らがベストヒットUSAに初出演したとき、いきなり、やはりアカペラの定番で、山下達郎やティモシー・シュミットも演っているタイムスの”So Much In Love”をいきなり歌いだしたんですよね。

 彼らのコーラスワークは必ずしも綺麗だとは思わないのですが、音を外さない範囲でのある程度の荒さが、逆に60年代の南部R&Bの雰囲気を出していると感じます。

 またすぐ楽器の配置に戻って、終盤に突入します。

9 Heart and Soul

 “Sports”からの最初のヒット曲。オリジナルは”Kiss You All Over”のエグザイル(日本の同名グループとは関係ありません。もちろん)です。

10 But It's Alright

94年にR&B中心のカバーアルバム “Four Chorus and Several Years Ago”を出しますがその中から、スタックス・ソウルのエディ・フロイドの曲。ウィルソン・ピケットを髣髴とさせる曲です。

 ここまで、競演のシカゴへのエール交換が全くなかったのですが、この曲のホーンに“Does Anybody Really Know What Time It Is?”のフレーズを紛れ込ませていました。

11 We're Not Here for a Long Time (We're Here for a Good Time)

 「一番新しい」”Plan B”からの曲で、「アリガトーゴザイマシタ,ニホンゴカンタン」といったん袖に引っ込みます。

 アンコールに応えて再び登場

12 Back in Time

 さっきの映画「バック…」のエンディングテーマ。ここからシカゴの若い(といっても私と同い年らしい)ギター、キース・ハウランドが加わってきました。

13 Bad Is Bad

ここからビル・チャンプリンも登場、珍しくギターを持って出てきました。

  この曲は”Sports”に収録されている、レコードではドゥーワップっぽいアレンジですが、ライヴではよりアップテンポに、ヒューイのハーモニカも入ってサザンロックっぽくやります。ビルもリードヴォーカルを部分的にとりました。

 そして最後の最後

ベイ・エリアの風(紙ジャケット仕様)

14 Workin’ for a Living

 彼らがブレイクした82年の “Picture This”から労働者の歌。トレードマークのヒューイのハーモニカとブラスの大盛り上がりで、第一部の完全終了。セット換えのため休憩に入ります。

 彼らもベテランですがメンバーチェインジが殆どない、ヒューイと少年時代から付き合っている人たちばかり、そのチームワークのよさが改めて伝わってきました。

 考えてみれば、”Do You Believe in Love?””Stuck with You”,”If This is It”なんていう代表曲が聴けなかった(場所によっては演ったかもしれない)のですが、その分、彼らのルーツが前面に出ていたような選曲だったと思います。

 なんとシカゴのパートに全然届かず、こんなに長くなってしまいました。

 休憩時間明けの話はまた次回に。すぐ書きます。

バック・トゥ・ザ・フューチャー ― オリジナル・サウンドトラック

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2008年4月 2日 (水)

Ever Changing Times

またまたライヴリポートですが。

 今度はでっかい会場でビッグなアーティスト。

327日、話題のボズ・スキャッグスとTOTOのダブルヘッドライナーに行ってきました。

 もうこの連載を始めてから、ボズにもTOTOにも一度ずつ行っていて記事にしているのですが、今回はやはり特別な意味を持つのは明らかなので、改めて。

 この二組、やはり思い出すのは、ボズの76年の名アルバム「シルク・ディグリーズ」の製作のために集まったスタジオ・ミュージシャンたちが、うまく行ったので意気投合してTOTOというバンドに発展した、という有名なエピソード、克也さんが18日のベストヒットでもおっしゃっていたように、ある意味では「同窓会」です。

 さらにその同窓会に、前回来日には、自身の健康、家族の問題で姿のなかった、TOTOのマスターマインド、デヴィッド・ペイチが参加する。

 そして、TOTOはこの日本ツアーを最後に無期限活動停止に入るという。

 そのような色々な意味を持つ今回の来日、いくら大ステージ嫌いの私でもいかずにはいられないでしょう。

 会場は、国際会議用コンヴェンションホールも兼ねている箱モノ。そこを私が前回訪れた機会は、なんと本業での「学会」シンポジウムでした。同じ場所で今度はライヴを観てリポートする。ますます本業が自分でも何だか分からなくなっている今日この頃。

 開演。予想通りですが、先ずボズが出てきました。

 前回、小さな所で観た時は、ジャズのカバーアルバムを出したばかりでもあり、お馴染みの曲とジャズのスタンダードを交互に歌うという形をとっていましたが、今回は、徴収の多さ、TOTOとの競演を意識してか、全盛期の、いわゆるAORしてる曲ばかりでした。

Silk Degrees

 いきなり、最大のヒット曲であり、彼らの出会いでもある

1、Low Down

から始まりました。それから

2、Jojo

3、Slow Dancer

とお馴染みの曲が続き、「これは90年代になってからの極だけど、今楽屋に控えているデヴィッド・ペイチとグレッグ・フィリンゲインと作った曲だ」とMCが入り

4、Desire

そして、ここで「わが友、デヴィッド・ペイチに登場願いましょう」

ボズが立っていたステージ中央から左側の前面においてあっただけのキーボードにペイチが座りました。そしてキーボード・ソロが印象的な、80年のベストアルバムからの

5、Miss Sun

 そのままの編成で

6、Harbor Lights

7,   Georgia

8、We’re All Alone(二人だけ)

と、メロウに続きました。そして一応の第一部のオーラスとして「シルク・・・」からの、

9Lido Shuffle

このレコードでのペイチの、「蛙の合唱」よろしく4段に重なっていくキーボードは数ある彼の名演の中でもピカイチだと思っています。その完全な再現にはいたりませんでしたが、やはりボズとペイチが並んでいるだけで盛り上がれます。そして、最初の「ロウダウン」でも同じことを思いましたが、この日が来ると分かっていたなら、やはりジェフ・ポーカロにドラムを叩いてほしかった、と死児の齢を数えていました。

 ボズは後ろを向いたら、旋毛の辺りがスポットに当たって光っていましたね。まあ齢63。何も悪いことではありません。

 ボズたちはいったん引っ込んで、アンコールの形で再登場し、「ジョジョ」同様、前回の来日では一切省かれた「ミドルマン」からの

ミドル・マン

10、 Breakdown Deadhead

ここではついにスティーヴ・ルカサー(やっぱり前回に引き続いて出てきましたね)も登場、彼にしかできないあのイントロのリフをナマで披露し、大パーティーで、第一部を終了しました。

 セットを組み替えてTOTOの登場。

 前回のメンバーに、もちろんペイチが加わり、そしてサイドギターに新たにトニー・スパイナーが加わっている。そしてベースには、本来のマイク・ポーカロがツアー中に左手に腱鞘炎を起こして療養を余儀なくされたということで、リーランド・スクラーに替わっていました。ついにポーカロ三兄弟が一人もいなくなってしまった、ということですね。

このリー・スクラーという人、やはり70年代から、西海岸のスタジオには欠かせなかった、すごいベテランなんですけど当事から長髪、髭ぼうぼうで、座って演奏する、どこのバンドにも正式には参加せずステージには立たない、仙人みたいな雰囲気の人だったんですけれど、それが齢を重ねて長髪長髭のまま白髪になり、ますます仙人になっていました。ステージでは楽しそうに動き回っていましたけどね。今回のツアーが本当に最後だとするなら、本当の意味での、穴埋め、だったんでしょうけれど。

 やはりフロントマンはルカサー。ボビー・キンボールは自分の声の出番だけ最小限に出てきて、後は袖に引っ込んでいる、相変わらずのスタイルでした。

 彼らは特に今回の企画を意識することはなく前回のFalling in Betweenのツアーの内容を短縮した感じでした。ハードだった全アルバムの内容を引き継ぐ形で,

Falling in Between Live

1、Falling in Between

2、King of the Soul

とそのアルバムカットから始まり

Toto IV/The Seventh One

3、Pamela

“The Seventh One”からのヒット。実はアメリカのライヴでは、このレコードでリードヴォーカルだったジョゼフ・ウィリアムスがゲスト登場して歌っていて、日本にも同行するという噂があったのですが、ここではそのままボビーでした。またFalling…からの選曲に戻って

4、Bottom of Your Soul

そして次に、ベストヒットでも流れた、ライヴ用にちょっとアレンジを変えた

5、Rosanna

ファーストアルバムからのヒット曲

宇宙の騎士

6、I’ll Supply the Love「愛する君へ」

ところがここで、中央真後ろで元気にキーボードを弾く、というより叩いていたペイチが退場してしまいました。グレッグがふざけて弾くシェリル・リン”Got to Be Real”(ペイチの名演の一つであります)のリズムにスキップして。ルカサーも「もう会場から出ていっちゃったよ」と冗談めかしましたが、本当に二度と登場することはありませんでした。

 ルカサーがここで「またハードにやろうぜ」と掛け声をかけて、比較的後期の代表曲

7、Isolation

8,  Kingdom of   Desire


 そしてそろそろオーラスのシングアロングで

9、Hold the Line

そしてそして最後は

10、Africa

 前回同様グレッグがリードヴォーカルをとり、最後のフェイドアウトで、ボビー、トニー、リー、ルカサー、ドラムのサイモン・フィリップスの順に演奏をやめて消えていきました。

 本当に最後の最後のアンコール、TOTOが全員再登場し、これにボズが加わり、「我々は全て、助け合ってきた友達」ということで、演ったのはWith a Little Help from My Friendsでした。ジョー・コッカーがカバーしたゴスペル風のアレンジで。しかしここでもペイチは帰ってきませんでした。

 こんな感じで、余韻を残したまま、大体私が平均年齢くらいの客層は会場を後にしていきました。

 私の世代、この手の音楽が好きな人にはたまらない一夜だったでしょう。

 ただ、私が一つ得た感想とは。

 これはTOTOの活動停止ではなく、実際はデヴィッド・ペイチの完全引退興行ではなかったのか、ということでした。

 最後に、自分のスタートラインであった、ボズと競演したかったし、初めて本格的なツアーをした日本は記念するべき場所だった。だから、色々な問題をクリアして参加し、ボズと同じステージに立った。しかし肝心のTOTOの一番盛り上がる部分でそのまま姿を消してしまい、「アフリカ」を演ったのに、なぜ彼がリードヴォーカルをとらないのか。

このあたり、どうも彼は二度とステージに立ったり、録音に参加したりすることはないのではないか、と感じてしまいました。

 その他の人たちは、もともと名前が出来上がっていた凄腕ミュージシャンの集まり、TOTOとして活動しなくても仕事はどんどん来るでしょう。

象徴的なのはルカサーで、彼はソロアルバムとしては11年ぶりのEver Changing Timesを、日本向けですがリリースしたばかり。彼は今までソロアルバムではジャズをやってみたり、TOTOとはかけ離れた音楽を好き勝手にやっていたのですが、今回はTOTOの音を自分一人が引き継ぐのだ、とでも言いたげな、あらゆる時代のTOTOの音を総合したような作りになっています。最近このコラムによく出てきますが、クリントン前大統領、その細君の現大統領候補クリントンの共通の友人であるソングライター、ランディ・グッドラムとのコラボになっています。

Ever Changing Times 諸行無常。全てのものは変わっていく。ある人はやめていき、ある人は別の道を模索する。いつまでも、昔の名前では出ていられない、ということですね。

下は、そのギター速弾が得意なパパイヤ鈴木ことスティーヴ・ルカサーのCD宣伝用ポートレートにはいった、イニシャルしか入れていない手抜きサイン、右は10年前にもらったボビーのサインです。

Steve_lukather_ever_changing_times Bobby_kimball

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