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2008年8月20日 (水)

Still The One

シャナイヤ・トゥエインではありません。

前回も書いたように、私が東京ローカルの小林克也番組を聴ける機会があと半年で奪われてしまうかもしれないので、できるだけラジオ番組からネタを拾っていきたいと思います。

816日(プレスリーの命日でマドンナの誕生日でしたねえ)オンエアのDJ KOBYの、アメリカ大統領選挙と音楽AKA音楽の民主党大会、特集。

私の本職の専門に近いこともあり、ちょっとフォローをしておきます。

音楽界は圧倒的に民主党支持が多い。

ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・シェリル・クロウ

民主党大会に参加予定のアーティストとしてシェリル・クロウが挙げられていましたが、もう一人、絶対に党大会に参加する、マイナーな人を紹介したいと思います。

というか、この人は音楽活動は細々と続けている程度、ミュージシャンとしての参加という位置づけではないでしょう。

しかし、70年代には名を馳せた人です。

ジョン・ホール。

70年代にオーリンズというグループのリーダーとして活躍した人です。

Let There Be Music / Waking & Dreaming

代表的なヒット曲もいくつかあり、今でもよくコンピレに選曲される75年の”Dance with Me”とか。この曲はジャズ・ギターのアール・クルーのカバーでもおなじみだと思います。あと79年の”Love Takes Time”とか(これも、マライヤではありません)。ソングライターとしてもシールズ&クロフツなどに曲を提供していました。

DANCE WITH ME - The Best of Orleans

最大のヒットは、76年の”Still the One”でした(こう並べてみると、タイトルは平凡なものばかり)。

ホールはメリーランド州の生まれ。ニューヨークを中心に東海岸で活躍したグループですが、当時全盛だったウエストコースとロックの波に乗っていました。

そしてホールは、グループ活動と並行してソロ活動も精力的で、更にはその西海岸の連中との社会、政治運動にも熱心に参加します。

ハイライトは、79年、核兵器廃絶、原子力発電反対を訴えるためのNo Nukes。会場はマディソン・スクエア・ガーデンでしたが、中心はドゥービー・ブラザーズ、ジャクソン・ブラウン、ポコ、クロスビー・スティルズ&ナッシュ、ボニー・レイット、ニコレット・ラーソンなどの西海岸の人たち、これに、ブルース・スプリングスティーン、ジェームス・テイラー、カーリー・サイモン、トム・ペティその他大勢が加わり、ウッドストック以来の最大の音楽イベントと言われました。

これにホールはソロの「パワー」と「プルトニウムは永遠だ」という二曲を演奏して参加していました。

このように、ミュージシャンの全盛期から政治社会問題に強い関心を持っていた人でした。

そのさっきの最大のヒット曲”Still the One”が再び脚光を浴びたのは前回の2004年大統領選挙の時。ブッシュ大統領が再選へのキャンペーンソングとしてその曲を使おうとしたんです。

「君はいまだに信頼できる、たった一人のひと、

 君はいまだに僕を飽きずにいさせる、たった一人のひと。。。」

再選に向けてのスローガンとしてはぴったりの内容の歌詞だったわけで、ブッシュ陣営が使いたがったのもよくわかるのですが。

作者のホールはこれを許可せず、ブッシュ陣営もキャンペーンの途中でこの曲を使用リストから外しました。

そしてその次の議会選挙の06年、ホール自身がニューヨーク州第19選挙区から、対立党の民主党から立候補、見事当選を果たしました。

自ら政治家に転身して議員一期生、やはりエネルギーに関する問題で最も活躍したようです。

その政治が本職となった彼、音楽もそこそこ続けていると書きましたが、例えばジャクソン・ブラウンがニューヨークでライブをした際にはゲスト出演して何曲か一緒に演ったようです。

下院議員ジョン・ホールは、superdelegate 特別代議員、すなわち、党大会で大統領候補に投票するために予備選挙で選出された一般の代議員とは別に、連邦議員や州知事など、現職の政治家が大統領候補選出に特別票を投じられる、その立場で党大会に参加するはずです。

でも演奏はしないんでしょうね。シェリル・クロウが来るなら一緒にステージに上がる可能性無きにしも非ずですが。

今年はご存知のように民主党の予備選挙は稀に見る接戦、対立候補に敬意を表し、代議員獲得数で次点だったヒラリー・クリントンも大統領候補の投票対象として残されることが決まりました。

ホールは、同じニューヨーク選出、06年には再選を目指したヒラリー上院議員とキャンペーンで一緒になったこともよくあり、エネルギー問題での立場が同じであることからも、ヒラリーに票を入れるのではないでしょうか。

さて、目を転じて共和党側。

DJ Koby内でもあったように、かつて1984年にレーガン大統領はブルース・スプリングスティーンに “Born in the USA”の使用を断られたり、今年のマケインは “Johnny B. Goode”の使用をチャック・ベリーから断られたり、また「当選後はホワイトハウスではABBAの音楽を流したい」発言に対しても元メンバーたちが懸念を表明しているようです。更には、既に何度か出てきたジャクソン・ブラウンまでも、マケイン陣営が彼のヒット曲”Running on Empty”を使用するのを差し止めたそうです。

Running on Empty

踏んだり蹴ったり。

では、共和党側を断らない音楽とは何でしょう?

Ultimate Survivor

「ロッキー3」のテーマ、Survivor “Eye of the Tiger”.これは予備選以前では本命視されながらも早期撤退した前ニューヨーク市長ジュリアーニ氏も、そしてマケインも使っていました。これは断られていないんでしょうね。

あと、ディクシー・チックスの対極にいたトビー・キースも断らないんじゃないかな。

Osmondmania! Osmond Family Greatest Hits

それから、オズモンズ。

あの家はモルモン教徒一家なんですね。

共和党の予備選挙で善戦したロムニー前マサチューセッツ州知事がモルモン教徒だったように、モルモン教徒は保守的で共和党の地盤のイメージが強い。

04年大統領選挙の直前に、モルモン教の総本山のユタ州の大学に、ブッシュの天敵、マイケル・ムーアが講演に行くことになり、その日に至るまでの顛末、町民の反対運動、そのまた反対運動、の様子をドキュメンタリーした「マイケル・ムーアのアホでマヌケな大統領選」という映画がありました。DVDでぜひどうぞ。

かつては一夫多妻制をとっていて迫害を受けていたものの、清廉なイメージもある。婚前交渉も認められない。

「マリー・オズモンドのLPレコードをターンテーブルに乗せようとしたら、なかなか穴がはまらなくて。無理やりはめたら、血が滲み出てきた」なんて、卑猥で、笑っていいんだか悪いんだかわからないジョークも昔ありました。

オズモンズ、レーガン大統領の就任式では大活躍でした。マケインも使ってはいかが?ABBAあたりがお好きなら丁度いいのでは?

いや、マケインは共和党内でも中道やや左で党内の保守派とはうまく行っていないようだから、逆にオズモンズあたりには嫌われているのかな?

さて、11月にはどちらが勝つでしょう。

予想はしません。結果が出てからその理由を説明するのが学者の仕事ですから(と、狡い逃げをする)。

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2008年8月 7日 (木)

Video Kills a Radio Star

The Age of Plastic

  何をいまさらこの曲を、という感じですが。

 またこの曲を思い出してしまう出来事がありました。

 MTVの開局第一発目を飾ったあの曲。

 音楽と映像が融合する時代の幕開けを象徴したような曲でありました。

 それからおよそ四半世紀、音楽にビデオが付いてくるのは当たり前、でも、ラジオという昔ながらのメディアは残っている。

 それでも、様々な技術が発達し、同じ機能を果たすはずのメディアも複数の方向に枝分かれし、その中で競合が生じ、適者生存、広く受け入れられたものは興隆し、それに失敗したものは消えていく。

 「せっかくのハイビジョンなのにブルーレイ使ってないの?もったいない。ヤザワ、ブルーレイ使ってます」

 次世代DVDの規格争いでHD-DVD方式が敗北を認めて撤退し、ソニーが中心に推進したブルーレイ方式が標準規格化して、これからの目玉として注目されるに至った、というのは記憶に新しい。

 旧型(?)の4.7GBのメディアに十分満足している私の目には、次世代DVDを巡る争いは醜く映り、泥仕合になって消費者から見捨てられて両方とも潰れてしまえ、と思っていたのですが。そうはならないようです。

 しかし、ブルーレイといっても、これから高画質映像の配信、保存方法がディスクだけに一元化されず、多様化してくるとの予想があり、うかうかもしていられないようです。

 現在、音楽CDソフトが有料配信のために苦戦しているように。

 そして今週、マイナーなニュースですが、私にとってはショックな情報が飛び込んできました。これも一つのメディアの消滅です。

 通信衛星ラジオ放送 モバHo! が来年3月でサービスを全面停止してしまうという。

 スカパー!のラジオ版といったところでしたか。「ラジオ局を持ち運ぼう」をキャッチフレーズに、テレビ放送も若干扱っていましたが、ラジオに限っていえば、目的や音楽のジャンルに特化したチャンネルが50くらい、USENのように固定した場所ではなくモバイルで持ち運べる、日本全国どこでも同じ放送が聴ける、が売りのサービスでした。

 開始が200410月。

 私はこれの受信機能を持つ携帯電話に買い換えて以来14ヶ月お付き合い。

 しかし、その受信契約に踏み切ったひとつの大きな理由であった「小林克也チャンネル」がその3ヵ月後、077月に消滅してしまった。

 そして今回の決定。

 開始からわずか5年での完全撤退。

 当初は加入契約者数200万人を目指していたのが、現時点で10万人に留まってしまっているという。小生はその希少な10万人のうちの一人というわけですな。

 伸び悩んだ最大の原因は、ワンセグとの競合であったという。

もうケータイの標準装備機能となりつつあるワンセグ。

駅のフォームに腰掛けてテレビを見ている人の姿が珍しくなくなりました。

 僕自身は、あんな小さな画面でテレビを見て面白いのかなあと思っていて、ケータイには備え付けてはありませんが、それでもどこにでも持ち歩いているB5ノートパソコンには入れてあって、移動中、出張中でも見られるようにしてあります。

 そのワンセグの強みは、無料であること。それに対して受信料が発生するモバHoは圧倒されてしまったという。

 それに、「ラジオ局を持ち歩こう」といって、ドライヴ中のBGMとしての需要を見込んでいたようだが、それもCDオーディオシステムや、iPodから無線でカーオーディオに飛ばせる機能が搭載されていれば、それに取って代わる要素も持っていなかった、ということなのだろう。

 しかし、ちょっと待ってくれ。

 何かがなくなる際に必ずある議論であるが、たとえ少数であるにせよ、それに特別な価値を見出して利用しているユーザーが必ずいる。

 モバHoとワンセグが競合したのは、アウトドアでの暇潰し(?)映像メディア視聴という点のみであり、提供していたコンテンツはまったく別物であったはずである。

 かく言う私は、TFMJ-Waveが名古屋にいながら聴けることが最大の利用目的であった。そういった、自分が住んでいる地域の地上波では聴けない局が聴けることを喜んで利用していたユーザーは少なくないのではないだろうか。

 克也さんが名古屋を去った後、この連載のネタ探しに七転八倒している私としては、東京ローカルの番組が聴けるこのサービスは救いの神だったのだ(その割にはあまりネタにしていなかったような気もするが)。

 それがまた元の木阿弥に戻ってしまう。

 「小林克也チャンネル」が無くなったあたりから雲行きが怪しくなっていたのをなんとなく感じていたのですが。

 メディアに限らず、マクロの市場原理で淘汰される消費財の特殊機能に依存していた少数派が切り捨てられるのは世の常とはわかりつつ。

 映像メディア=Videoが、また、音声メディア=Radio を殺した。

 来年の春まで、USENを含めて、ほかに東京のラジオ局が聴取できるサービスがないか、いろいろ探っていくしかないようだ。

 その前に来年3月までのDJ Koby’Radio Showと「ポップ・ミュージック・マスター」は聞き逃さないようにしよう。

 克也さん、大橋さん、首都圏以外からリクエストが来ていたら、できるだけ採用してやってくださ100_0001いね。

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