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2008年9月22日 (月)

Soul Man

追悼記事です。また巨星の訃報が入ってきました。

 アイザック・ヘイズ。810日逝去。享年65歳。

 66歳の誕生日の10日前でした。

  癖があって、特に日本の洋楽ファンの間なんかでは、好き嫌いが分かれる存在だったのではないでしょうか。

 子供が初めて聴いたら、びっくりして吐き気を催す。かくいう私も、生意気にも小学校中学年頃からの洋楽リスナー暦を誇るのですが、最初に聴いたとき、何だこりゃ、と思ったような記憶があります。

The Essential Teddy Pendergrass

 とにかく声が低い。しかも低いといっても、いまこのサイトのベストヒットUSAコーナーのタイムマシンで上のほうに上がっているテディ・ペンダーグラスのような甘さはない。暑苦しい、地をのた打ち回るような泥臭さ。一曲の長さが半端じゃない。10分くらい、エンディングを引っ張った、うめき声に近いようなリフレインが延々と続く。

 子供には分かりようのないタイプの音楽ですが、大人たちには特殊効果をもたらします。

Ultimate Isaac Hayes: Can You Dig It?

 克也さんもよく放送のネタに使っていた有名なエピソードでしたが。

 アイザックの楽屋に若い黒人夫婦のファンが訪ねてきて、「あんたのレコードが俺たち夫婦にどんなプレゼントをしてくれたか知ってるかい?見てくれよ」と、連れてきた小さな4人の子供たちを紹介した。

 大人の男女をその気にさせる魔力があったのですね。

 そんな話は抜きにしてもサザンソウルの歴史を語る上ではずせない功績を残しました。

 テネシー生まれ、幼少期にサザンソウルのメッカ、同州メンフィスに住んで、二十歳前からキーボードプレーヤーとしてプロの活動開始。オーティス・レディングなんかのバックを務めて頭角を現し始めます。そのメンフィス、サザンソウルのメッカとなったスタックス・レコードの作曲家、プロデューサーとして、中心人物に成長します。

The Very Best of Sam & Dave

 23歳の時の65年、サム&デイヴのヒット曲 “Soul Man”を作曲します。

 これは映画『ブルース・ブラザーズ』の中で、そのブルース・ブラザーズを名乗ったジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイドがカバーしてリバイバルヒットさせたことでもお馴染み。

 オリジナルのサム&デイヴは、明石屋さんまの「恋の空騒ぎ」のエンディングテーマ、説教部屋のシーンのバックで使われていたことでも有名。ここ数年全然観ていないんですけどまだ使っているんですかね。

Black Moses

 ソロアーティストとしてのピークは69年から71年。69年から一年ごとに”Hot Buttered Soul”, “Movement”, “Black Moses”と代表作を発表し、これらのアルバムタイトルはそれぞれ彼のトレードマークとなります。75年に彼は独立レーベルを立ち上げますが、それをHot Butter Recordsと名づけました。これもかなり意味深英語ですけどね。

Hot Buttered Soul

 Movementとは、それ以降の彼のバックバンドの名前になります。

 そしてBlack Mosesとは彼自身のことを指すようになってしまいます。自ら「黒いモーゼ」を名乗ったのですね。

 更に71年、映画「シャフト(黒いジャガー)」の音楽を手がけて、そのテーマ曲で全米ナンバーワンを獲得、アカデミー賞でも最優秀楽曲賞を受賞、彼の代表曲となりました。彼の他の曲とは逆で、イントロは映画のオープニングロールにあわせて流すのを意図されたため長いですが、エンディングはスパッとカッコよく切る。

 映画は、黒人青年を殺した容疑がかかった白人青年を逮捕したジョン・シャフト刑事、しかしその白人青年は不動産業界の大物の息子だったため色々手が回って保釈されて逃げ回る。組織にも圧力がかかって捜査が打ち切られそうになるのに正義の怒りを燃やし、組織を離れて一匹狼で捜査を続けて社会正義を問う、そんな内容でした。

シャフト [DVD]

 この映画は最近、といってもオリジナルの30年後の2001年、サミュエル・ジャクソン主演、音楽の世界でもおなじみのヴァネッサ・ウィリアムズ、バスタ・ライムスなんかが共演してリメイクされましたので憶えている方も多いでしょう。71年のオリジナルは完全にブラックパワー対白人主流派、の図式で作られていましたが、2001年のやつは、更に複雑化した多民族社会の人種関係、経済格差など新たな視点を加えて、それぞれの時代を反映した作品になっていました。

 しかし変わらなかったのは、このアイザック・ヘイズによるテーマ曲。「シャフト」という映画をこの曲なしで作るのは裏切り行為に当たるとでも考えられたのでしょう。リメイク版でもテーマはオリジナルのままでした。

 そんなアイザック・ヘイズ、活躍の場所は音楽だけに留まりませんでした。ほんの少しですが、俳優としてもキャリアを積んでいました。

 僕は偶然、彼をドラマで見たことがあります。多分テレ東でお昼の12時からやっていた「ロックフォードの事件メモ」の再放送。75年くらいの作品でしょう。オープニングのゲストの名前で、アイザック・ヘイズ、と出てきたので、あれっ、と思って観ていたら、やっぱりあの彼でした。無実の罪で拘留されて、獄中から無罪を訴える黒人の容疑者、みたいな役だったと記憶しています。

 スキンヘッド、サングラスがトレードマークで、怖いイメージのある彼ですが、他にも自分をアニメのキャラにしてしまう企画に熱心に取り組んだり、慈善事業をやったり、地元メンフィスのプロバスケットボールチームの共同オーナーになったり、そんな一面も持っていました。

 1990年代にも数枚アルバムを製作し、ライブも精力的にやっていましたが、20061月に脳梗塞を起こして、今年8月、意識が戻らないまま帰らぬ人となってしまいました。

 色々なことをやったとしても、やはり彼は”Soul Man”でした。

 その楽屋に来た4人の子供以外にも、アイザック・チルドレンは想像以上にいっぱいいるのかもしれません。伝説は、彼らによって継がれていくのかもしれません。

 合掌。

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2008年9月 5日 (金)

All Summer Long

Rock N Roll Jesus Little Deuce Coupe/All Summer Long

 ビーチボーイズにもこういうアルバムがありましたね。

もう9月、日付的には夏は終わった感じですが。

夏は長い休みもあって、開放的になれる、一番せいか、音楽を楽しめる季節かもしれません。その夏のBGM、それがその時期に一番ヒットしていてラジオでいっぱいかかっていたものか、きわめて個人的に好きだったものかにかかわらず、その夏のテーマ曲、BGMみたいなものがあるはずです。

僕にとっての08年の夏は、その名もずばり、この曲でした。キッドロックの久しぶりのニューシングル。夏を過ぎてもまだまだアメリカのチャート上位に食い込んでいそうです。

ひと夏のテーマを超えて、今年度アナミー賞最優秀楽曲を既に狙える位置にある!

826日のベストヒット、カウントダウンUSA7位に入っていたということで丸々かかりました。

実は小生、番組にこの曲のリクエストをしつこく出していたので、採用されたのだと思っています。克也さん、杉田さん、川岸さん、番場さん、ありがとうございました!

この曲は遊び心いっぱい、クラシックロックファンの心をくすぐります。

サビの部分ではレイナード・スキナード「スィートホーム・アラバマ」のイントロのギターのリフ、間奏のピアノソロのフレーズ、歌詞の一部も出てきたりします。

Second Helping

そして曲全体に流れるのはウォーレン・ジヴォンの78年の中ヒット「ロンドンの狼男」”Werewolves of London”のピアノのフレーズがサンプリングされています。Genius: The Best of Warren Zevon

レイナード・スキナードのことは書いたことがあるので、このウォーレン・ジヴォンという人に関する徒然を。あまり知られていない人でしょうから。

70年代後半のシンガーソングライター、ウエストコーストのブームの一翼を担った人。リンダ・ロンシュタット周辺の音楽版「カリフォルニア・マフィア」(この言い方には政治版がある)の一人といっていいでしょう。

ただし、イーグルスやリンダに代表される西海岸のさわやかなイメージとは異なり、彼の極、アルバムは暗く、皮肉に満ちていました。

曲に登場するのは麻薬中毒者、気の狂った兵士、大量殺人犯、強欲弁護士、そして狼男みたいな妖怪。

詞に描かれる皮肉な世界観、ちょっとやる気のなさそうな歌い方など、ランディ・ニューマンに近い感じでした。

それでも、才能は注目される。

リンダはヒット曲もカバーばかりで、アルバムカットでは西海岸の無名作曲家の曲を積極的に取り上げ、多くを世に送り出しました。J.D.サウザー、カーラ・ボノフ、アンドリュー・ゴールド、エリック・カズ、他諸々。ウォーレンもそんな中の一人でした。

60年代から無名グループで音楽活動を始め、ぜんぜん売れませんでしたが、そんな時代の彼の作品”He Quit Me, Man”が映画「真夜中のカウボーイ」のサウンドトラックに使われて少し注目されました。

Warren Zevon

その程度の中途半端な音楽活動に嫌気が差したのか、70年代初めにはスペインに移住していましたが、彼を埋もれさせておくのは惜しいと考えたのが、「カリフォルニア・マフィア」の総元締めジャクソン・ブラウン。彼をロサンゼルスに呼び戻し、アルバムのプロデュースを買って出ます。76年にセルフタイトルのアルバム Warren Zevon が作られました。

Heart Like a Wheel

このアルバムに収録された「風にさらわれた恋」”Hasten Down the Wind”をリンダが取り上げ、アルバムタイトルにもして、このアルバムからトップ10ヒットが2曲出てリンダもスターの仲間入りをし、ウォーレンにも俄然注目が集まるようになりました。そのアルバムには他にも「カルメリータ」「モハメッドのラジオ」というウォーレンの曲が収録されました。

The Very Best of Linda Ronstadt

その次の、リンダの最大ヒットアルバムとなる78年の”Simple Dreams”には「私はついてない」”Poor Poor Pitiful Me”というウォーレンの曲が収められ、三枚目のシングルカット曲に選ばれ、トップ40ヒットになりました。それとまったく同じ時期に、やはりジャクソン・ブラウンのプロデュースによるウォーレンの二枚目のアルバム”Excitable Boy”も発表され、その中から「ロンドンの狼男」がシングルカットされ、やはりトップ40に入りました。

Excitable Boy

映画「サタデーナイトフィーヴァー」の全盛期で、ウォーレンはアルバムのプロモーションのためのライヴの最中に、ジョン・トラヴォルタのダンスの真似をしてずっこけて骨折してそのあとのライヴのスケジュールがキャンセルになった、なんてあほなエピソードも残してしまいました。

でもウォーレンが商業的に成功したのはこれが最初で最後となってしまいました。その後、麻薬中毒になってしまい、作品を発表するペースも落ちてしまいますが、90年代末まで活動し、REMなどからリスペクトを受けレコーディングのバックにメンバーが参加するなどの交流がありました。

ウォーレン・ジヴォンでもう一つ思い出すのは、1991年の映画、ケヴィン・クライン、ダニー・グローヴァー、スティーヴ・マーティンなどが出演し、”Grand Canyon”邦題「わが街」。犯罪と荒廃にむしばまれた大都会ロサンゼルスに生きる6人の男女の生活が描かれ、最後に登場人物全員が導かれるようにグランドキャニオンに集まり、大自然の中での自分たちの存在の小ささを再認識する、そういった映画でした。

その中で主演のケヴィン・クライン演じるうだつの上がらない男が、交通渋滞に巻き込まれている最中に、カーラジオからウォーレンの”Lawyers, Guns and Money”「弁護士と銃と金」という曲が流れてきて、ケヴィンがハンドルを握りながら一緒に口ずさむ、というシーンが出てきます。

この曲はシングルヒットは全然していない、知る人ぞ知る程度のアルバムカット曲。それでも西海岸のロック局を聴いている人は普通の人でも歌えちゃうのだなあ、と思わせるシーンでした。

ウォーレン・ジヴォン、20038月、肺癌のため帰らぬ人となりました。享年56

まあとにかく、「ロンドンの狼男」と「スィートホーム・アラバマ」のフレーズがぴったりと合ってしまうことを発見したキッドロックのセンスに脱帽!

わが街 [DVD]

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