学問・資格

2008年10月 9日 (木)

番外・テレビ出演宣伝

特報!というか宣伝

私、ハリー教授こと阿南東也(あなみはるや)が、地上波全国ネットで、「本業で」テレビ出演します。1015日水曜日、TBS,毎日放送系夜9時からの新番組、関口宏さん司会「水曜ノンフィクション」、の第一回パイロット2時間特番に、恐らく編集で登場は数分になってしまうでしょうが、とにかく出てきます。シンディのニューアルバムは”Bring Ya to the Brink”でしたが、世界が核戦争の破滅のふち(brink)に追いやられそうになった事件についてチョッと語っています。いつもこの場を借りてこんなことを書いている奴はいったいどんな奴なのか興味のある方、お暇の方はぜひどうぞ。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年1月26日 (木)

(Remember the Days of the ) Old Schoolyard?

久々に本業がらみの話。

 この土日はセンター試験で、この冬も受験シーズン本番突入といった感じです。

 かく言う私も、土日丸々監督に借り出されました。ZIP HOT 100も放送と同時進行では聴けませんでした。

 この試験監督という仕事は苦痛です。本、新聞、雑誌の持ち込み禁止。自分が読みたいものも読めない。小型パソコンやラジオ、その他機械類も持ち込んではいけない。キーボードをカタカタさせたりシャリシャリとヘッドフォン漏れなんかがあったら、その場で受験生に注意されるか、終了後に大学に苦情が来て、犯人探しが始まってしまう。試験の最中に受験者の間を歩くのにも靴音が響かないよう注意する。手を上げた受験生の要求には、机から落ちて転がった消しゴム拾い、なんてこともやる。まさに受験生のしもべ、ホテルマンにでもなった気分です。

 居眠りも、注意しなければなりません。鼾をかいたら、やっぱり注意や苦情が来るからです。でも、これだけやることが制限されてただひたすら受験生の様子を見るだけだし、暖房でじわっと暖かくなってきますから、睡魔との壮絶バトルになります。

 そこで、暇つぶしといったら受験生に申し訳ないのですが、会場内で唯一みることが許される印刷物、その時間の試験問題を解くことが無二の眠気覚ましとなります。

 そこでまた気がめいる。よくこんな問題がかつて解けたものだなあ、と。

英語は、いまだに満点取る自信はあります。でもこれは普段から使って慣れているからですね。僕の同業者でも、専門分野にかかわりなく、誰でも一番できるのは英語だそうです。

社会科。一番の専門のはずなのに、自分の専門が近い分野や現代に関することの問題はまあいけるけど、後はまったく記憶のかなた。

数学。最初の数問の計算式穴埋め問題はクイズとしてやりがいがある。中盤以降は全く駄目。

国語。現代文は問題が長いし、古文もちんぷんかんぷん、読みたくない。最初の数問の漢字書き取り穴埋め問題を、やはりクイズとしてやるだけ。

理科。問題冊子の表紙を見るだけ。中を開いてもどうせわからない。

こんなもんです。

先々週のZIPのギャグコーナーは、センター試験中に受験生がいろいろな音を次々に出すというネタでしたが、克也さんも百も承知でしょうが、実際にはあんなことは起こりません。受験生の時計や携帯が音源オフになっているかどうか、試験前に厳重にまわってチェックします。何しろ科目と科目の間が50分もあるんですから。もしそれでも音が出たら、その受験生の受験は一時的に中止され、継続の可、不可の判断を全国の本部(センターですな)に委ねることになります。

 それでも今年は、英語にリスニングが導入されて、僕の会場はたいした問題はなかったですが全国的にはトラブル続出だったようで。僕は実はあの予行実験に参加させられたのですが、50万個のICチップとプレイヤーを配るなら、そのうちの何パーセントかは故障しているだろう、機械なんだから、と思っていたら案の定でした。会場の上を飛ぶ飛行機や選挙宣伝カーの騒音で集中できなくなったり、トラブルの対処が監督者によって異なったり、他にも混乱があったようで。英語を、読み書きを超えた練習をすることはいいことですが、今後いろいろ考えなければならないようです。

 後で録音で聴いたZIPのオープニングで、克也さんの受験生時代について話しておられました。「受験生だというだけで、夜中3時くらいまで起きていた、それでも勉強してたわけじゃなく、なんとなく。それで睡眠不足で、最初の受験日はふらふらだったけど、なぜかそういう日だけ一発で受かった。その後、睡眠不足が何十年起っても続いている・・・」

 補足で、去年から何度か引用している21年前のアルクのインタビューから、受験生小林克也、をばらしてしまいましょう。Photo04

問:中学のころとか、英語の成績はよかったんですか?

克:一番できましたよ。高校でも一番でした。他の科目は全部駄目でしたけど(笑)。中学のときは、僕の一つのクライマックスで、全校で一番でした。

問:成績が張り出されたんですか?

克:学年で、他の科目も入れてね。英語ができたから、それが自信になったんじゃないか、と思うけれども。英語の成績がよかったから相当優越感がありましたね。だから他の科目にも余裕があって、得意じゃなかったけどできましたね。

問:なるほど。それで、なぜK大の経済学部にお入りになったんですか?

克:それはね、どういうことかというと、最初はH大に行きたかったんです。

問:そうですか。

克:でも、さっきも言ったように成績悪いでしょ。

問:英語を除いて、ですか。

克:ええ。K大の経済は、確か英語と何かの2科目か3科目だったんです(笑)。一番少ないでしょ。W大の政経を落ちたし、H大もG大も落ちたし。

問:そうだったんですか。Photo

克:はい、みんな落ちたんですよ。中学時代の僕はすごい勉強小僧だったんだけど、高校時代は、英語の歌を聞いたり歌ってた時代だったんですよ。僕らのころはドリス・デイやフランク・シナトラがはやってたんだけど、高校1年のときにいきなりロックンロールを聴いてしまったんです。

問:プレスリーが出てきたころですか?

克:ええ、プレスリーを初めて聞いたのはFENでした。まだ名前も聞き取れないんですよ。でも今までの歌とぜんぜん違うんですね。それまでの歌は聞き取れたのに、今度はぜんぜん聞き取れない。なのに聴いててすごく気持ちがいいのね。それで、そういうのを探すラジオっ子になって。短波ラジオを買ってもらったりして・・・

みな、通ってきた道なのです。

Cat_stevensizitso(Remember the Days of the) Old Schoolyardは、ユサフ・イスラムことキャット・スティーヴンスの77年のヒット。

受験生の皆さん、今は将来が決まらない不安や、得意ではないものを無理やり勉強させられる苦痛はあるかもしれません。でも、その後の人生もそんな不安続きですし、むしろ受験を乗り切った自信みたいなものがその後の糧になっていくと思います。それに、今ほど大学に入りやすい時代はありません。羨ましいです。

リラックスしてがんばってください。

今振り返ると、受験勉強、あまり真面目にやらなくてよかったと思う。しかし、若い頃にもっといろいろな本を読んで勉強しておけばよかった、と反省することもまたしきり-小林

| | コメント (0) | トラックバック (4)

2005年12月15日 (木)

少年老い易く学成り難し

まるで東松さんのコラムのタイトルみたいですが、私は阿南東也(あなみはるや、と読みます)です。たまにはこういう変化球も。でももう二度とやりません(多分)。だから東松さんと東松ファンの皆さん、許してください。

前回の克也さんの日記で、克也さんの英語観にちょっと触れられていたので、あるものを思い出しました

語学教育や留学の雑誌発行などでおなじみのアルク。現在はAFNガイドとなっていますが、二十数年前の発刊したての頃はFENガイドといっていて、別冊特集もかなり出ていました。

そんな中にMr.DJシリーズというのがありました。昭和59年発行。ここでも取り上げましたけど、当時はチャーリー・ツナとかウルフマン・ジャックとかが月金の帯番組を提供していたので洋楽ファンには人気で、そういうFENで聞けたDJたちの番組サンプルやインタビューで構成された本でした。その中に、日本のMr.DJとして克也さんも登場していて、自分の英語観について更に深く語っておられました。今回はそこから抜粋してみようと思います。したがって以下ほとんどはコピペですが21年前のものをまだ持っている物持ちのよさに免じて御容赦ください。

問:ラジオからアメリカを吸収しようとしたんですか?

克:僕はFENをめちゃくちゃ聞きまくって、音楽もめちゃくちゃ聴いて、レコード買わなくても歌詞を理解してたりしたんですね。アメリカ人になろうとしたわけです。だけど、所詮アメリカ人じゃないと知るわけです。

問:いつごろそう知ったんですか?

克:例えば、みんな最初に習うのは白人の英語ですよね。ところが音楽を聴くと黒人もいる。黒人の英語は白人と違う。それでしばらくすると黒人のしゃべり方や歌い方もわかってくる。でもある日「オレは白人でも黒人でもないし、その真似をする必要はないんだ」っていう独立宣言をするわけです。親から離れるみたいに、結局白人にも黒人にもメキシコ人にも、なりたくてもなりきれないところで卒業するんです。「あ、オレはやっぱり日本人だな」ってことに気付いちゃうんです。

問:でもアメリカ人になろうとしてなりきれなかったときには挫折感があったんじゃないですか?

Im_koba_1 克:そりゃもう。英語の学習一つでもスランプはあるし。ああ、オレは何でもでも喋れるんだ、こんなことまでわかるんだ、という絶頂のときと、どん底へ落ちる、その繰り返しで段々上手くなっていくんです。それを味わえなくなったらその人はもうあんまりうまくならない。もう成長が止まっているんですよね。アメリカ人になろうとする場合も同じようなものを味わいます。というのも、日本の国全体をしょってるわけだから。自分の家族もね。オレだけアメリカ人になったってしょうがない、というのがあるんです。だから僕は時々言うんですけど「英語なんか勉強していて何か中途半端にうまそうに聞こえるのが一番ダサいよ」ってね。一番いいのは日本人だったら、訛ってもいいからはっきりわかるのが一番で、それから自分の個性が出ている英語が一番じゃないかっていつも言うんです。アメリカ人になり損ねて何か腐ったみたいのが一番ダサいわけ。

 でも十代や二十代じゃまだアメリカ病があるからわかんないんですよ。だけど小学校の生徒だと物凄く感覚が平衡ですからね。例えばうちの息子、中学1年なんです。奴は「うちの英語の先生は日本語が下手なんだぜ」って言うんです。「何だよ、アメリカ人か」と聞くと「いや、れっきとした日本人だ」って言う。僕にはそれがよくわかる。僕も日本語が下手な方がナウい、みたいに考えていたことがあるわけ。例えば英語がペラペラなら日本語なんてどうでもいい、みたいに。日本語を捨て去らないと英語へいけない気がするのね。

だから、僕はその英語の先生がどれくらいの状態にいるか何となくわかるんです。「日本語をいきなり喋ると舌噛むんだぜ」って息子は言うわけ。子供たちは初めて英語にあっているから、英語を勉強しなきゃだめだというコンプレックスもないから、ぱっと会ったときに、英語病の歪な人間がわかるんですよ

問:そうですね。じゃあもし小林克也さんがその病気だ、って指摘されたらそれは怖いことですね?

克:僕はそれは治ったと思ってる病気かもしれないね。ただある一面、僕が見えているのは、僕に見えないことはいっぱいあるだろうけど、病気が治ったということは正しいと思うのね。後は「お前、個人的にバランスのとれてる人間か」といわれると、自信ないけど。

 克也さんにしてこの努力と試行錯誤。

 僕も小学校の頃から英語の音に触れていて感覚もできていたので、中学以来ずっと英語は得意で、先生より発音が綺麗、なんていわれていい気になっていたときもありました。でもある時、言葉だけできてもダサい、現実社会を語れなければ駄目だ、と考え、別の意味での独立宣言をして別の道に行っちゃったわけですが、そのため英語は「中途半端にうまい」状態で残ってしまったようです。でもそれを後悔してまだ努力の途中にある、と考え始めただけでもまだ成長が望める、いい状態だといえるかもしれません。

 それと、若い人たちと接して感じることですが、彼らの中の「アメリカ病」はどんどん薄らいでいると思います。

アナミ恐るべし!阿南さんの頭の中が想像つかない。きっと色んなことが整然と整理されているんだろうなあ。

すっかり忘れていた21年前のインタビューを改めて読んで思った。オレ全然進歩してない-小林

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年11月10日 (木)

Running on Empty

珍しく小生の本業ならではの話になります

ZIP HOT 100の毎年恒例の秋の名物といえば、二週間前のビルメンテナンス停電による地獄の18階階段上がり、それから今年は万博の関係で春に前倒しになりましたが、郷土三英傑パレード。そして今週の、大学駅伝中継による放送開始の一時間遅れ。

小生は大学関係者としてこの手の大学スポーツが好きにはなれません。こういうスポーツ大会の時しか名前が出てこない大学ってありますけど。そんな大学のひとつで働いていた時の話。

4月の最初の授業が終わって教室を出ようとすると、思いがけなく5,6人の学生に呼び止められ取り囲まれました。そして一人一人から、「体育会系××部の○○です」と自己紹介され仁義を切られました。そんなことは初めてだったので、意味もわからず、こんなのもありなのなかなあ、と思ってその場は済ませました。

その意味が分かったのは一学期が終わって夏休み中にテストを採点していた時。そのクラスの答案には氏名番号記入欄に、頼みもしないのに「体育会系××部」と書いてあるものがやたら多い。しかもそういう答案に限って、設問にまともに答えておらず、世間話とか、その部活動の練習が大変だという話とか、「先生、授業面白いですねー、かっこいいですねー」などという見え見えのお世辞が書いてあったりする。

そこでピンと来ました。この手の大学の内部では、スポーツ入学だとか、体育会系で活躍していると言っておけば、勉強しないのを大目に見て通してくれる先生が少なからずいるのでしょう。

僕は大学当局からそういう学生を優遇しろという指示は受けていなかったし、テストはテストでできる限りのことをするのが筋で、きちんと答えていない答案に点を出すのはおかしいと思ったので、それなりの評価を下しましたが。

それからもう一点。今回もN大学とY大学で外国人パワーが大爆発していましたが。Y大学のその選手の10人抜きにはあっけにとられました。

Y県出身の「笑点」レギュラー三遊亭小遊三師匠のネタによりますと、Y県では大和民族が定住する遥か以前から外国人が山奥に住んで村落を作っていて、彼らはその子孫なんですよ、などと言ってますが、もちろんそんなことはありません。

スポーツ大会で名前を出そうとするこの手の大学は、現地から情報を収集し、あらゆるスポーツの分野でオリンピック強化選手級の選手をスカウトし、学費免除の奨学生扱いで呼んで囲います。言うなれば、アマチュアであるはずの大学スポーツにメジャーリーグ級が混じっているようなもの。今回の展開を見れば明らか。これで学生スポーツといえるのでしょうか。

B000002gw501_sclzzzzzzz_今回のタイトルはジャクソン・ブラウンの78年のヒット曲。大学の思惑がいかにあろうとも、選手たちは無心に走っていたんでしょうねえ。同名アルバムはライブ盤で、ベストヒットUSA82年暮れのリクエスト特集でこのアルバムから「STAY」のビデオが放送され、バックヴォーカルで参加していたRosemary Butlerがゲスト出演していました。                      

B0000085tm01_sclzzzzzzz__3純粋な放送と音楽の話題も一点。先週のZIPの放送のSong of the  Weekの訳詩コーナーで取り上げられた、Herman's Hermits "Mrs. Brown You Got a Lovely Daughter"「ミセスブラウンのお嬢さん」。その曲と、Freddie & the Dreamers "I'm Telling You Now" とに挟まって、1965年のアメリカのチャートで3曲連続マンチェスター出身で1位になったと言うので、克也さんが思い出せなかったのは Wayne Fontana & the Mindbenders "The Game of Love"ではないでしょうか?B0008g2esc01_sclzzzzzzz__2B000024uy401_sclzzzzzzz__1

このグループには後に10ccの中心メンバーとなり、80年代にはポール・マッカ ートニーとともに活動したエリック・スチュアートがいましたね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)