育児

2007年2月 2日 (金)

Just the Two of Us

ここのところいろいろと話題の映画が目白押しのようで。

 「硫黄島の手紙」は重かったですね。内容もさることながら、集団自決シーンには目を背けました。

 音楽にも関係していて、もう少し肩を張らずに見られる映画を見てきたので、レビューします。

 ウィル・スミス主演の「幸せのちから」です。

 原題は The Pursuit of Happyness.

Pursuit_of_happyness_soundtrack  本来ならば、lonely loneliness, empty emptinessのように、yで終わる形容詞に-nessの接尾辞がついて抽象名詞化する場合にはyiになって、happinessとならなければならない。

 映画の中では、主人公の子供が通う託児所の塀の落書きに、子供が綴りを間違えてそう書いているから、という設定ですが。

 それ以上の意味があるのでしょう。

 つまり、「寂しさ」や「虚しさ」とは違って、「幸せ」とは特別なものなんだ。happi なんてケチな変化をせずに、あくまでもhappy であってほしいんだ、と。

 そしてこれは、1776年のアメリカ独立宣言の一節から取られたもの。

 書いたのは第三代大統領にもなるトマス・ジェファソンで、「人は皆、神の下に平等に創造され、生存、自由、幸福の追求、という天賦不可侵の権利を与えられている」という有名な部分ですが。

 映画の中のセリフにも「トマス・ジェファソンはなんで「幸福」だけじゃなくて「追求」をくっつけたんだろう?幸せってのは結局、追い求めるだけで決して獲られるものじゃないって知ってたんだろうか?」なんて出てきました。

 更に起源をたどると、これはジェファソンが影響を受けたイギリスの思想家ジョン・ロックの考え方に由来するものです。ロックは、人間には自然権、今の言葉で言う基本的人権、人間として生まれたら平等に与えられている権利があり、それは、生存、自由、財産の三つである、と唱えたのです。生命を侵されない権利、自由に行動し考える権利、そしてものを持つ権利=所有権、ですが、ジェファソンは三つ目を「幸福の追求」に差し替えたわけですね。

 ただこれは、大きな意味の違いはなかったんじゃないか、とも言われているんです。つまり、言葉は変わる生き物で、200年前のhappinessは今ほど抽象的ではなくて、むしろ物質的な意味をかなり持っていたという説があります。単なる「幸せ」ではなくて金銭的な満足の意味がかなりあり、その意味で所有を言っていることとあまり大差はなく物質を獲得することの自由の意味をこめたのだ、と。その意味でやはり、「獲得を追求」するものなのだ、と。

 なんかアカデミックな香りが漂いましたが、小難しい話はこの辺にして。

 結局、映画のテーマも、この二つの意味の幸せの追求、心の満足と、金銭的な成功、の二つがあったような気がします。

 ウィル・スミス演じるのは実在の人物、クリス・ガードナー。舞台は1981年のサンフランシスコ。

5歳の息子クリストファーと、妻と暮らす、貧しい、骨密度検査機のセールスマン。

 最先端の医療機器だと思って、ベイエリアでの訪問販売を一手に引き受け、財産のほとんどをはたいて仕入れるが、医療関係者には不要のぜいたく品と評価され、ほとんど売れない。

 それで妻もランドリーで共働き。クリスは子供を託児所に送り迎え。

 この辺り、私も実は子供を保育園への送り迎えをやってるもので、ちょっと自分の姿を見てしまいました。

 それでも暮らし向きは良くならない。家賃、保育料、違反駐車の罰金が溜まっていく。

 ついに奥さんも「幸せじゃない、幸せを探したい」と家を出て行ってしまう。子供との二人暮らしが始まる。

 クリスは貧しくとも、学生のとき算数が得意だった。

 地元の証券会社のディーラートレーニングプログラムの募集を見て、算数が出来て、人当たりが良いだけが条件、とあったので、応募を決意する。そのプログラムそのものが狭き門だったのだが、たまたま人事担当者とタクシーで乗り合わせて、ルービックキューブ(81年だなあ)を6面全部そろえたことが感心され、参加を許可される。

 ところが、やはりトレーニングプログラムで、研修中の数ヶ月は収入ゼロ、しかもその後に試験を受けて、数十人の参加者のうちたった一人が正式なディーラーとして採用されるのだという。

 無収入の間、ついにアパートから追い出され、子供と一緒に、教会で寝泊りしたり、その教会が他のホームレスで満員になってしまったときは、地下鉄のトイレに鍵をかけて一夜を過ごしたりした。

 そんな逆境にもめげず、研修をまじめに受け、持ち前のがんばりで、顧客を増やしていく。

 そして、最終試験日。クリスはディーラーに選ばれるのか?。。。

 結末はぼかしましたが、まあほとんどネタバレですね。すみません。 

これだけの映画です。普通の映画といえるでしょう。

それでも、僕自身を含めて、同世代で父親をやっている男にとっては、結構、自分を重ねられて、じわっとできるかもしれません。

Will_smith_men_in_black_iiWill_smith_wild_wild_west「インディペンデンス・ディ」以来、「メン・イン・ブラック」「ワイルド・ワイルド・ウェスト」「エネミー・オヴ・アメリカ」「アイ・ロボット」など、SF,アクションなどで破天荒な役を演じるイメージのある彼。

Hitch_soundtrackそれでも、ここのところ、謎の旅人を演じた「バガーヴァンスの伝説」とか、恋愛コンサルタントを演じた「最後の恋の始め方」とか、普通の役柄にもぼちぼち挑戦してはいましたが。

彼自身も映画を製作するようになり、そして自らが主演して、実在の普通の男を演じる。しかも愛情あふれる父親を。これでまた彼は芸の幅を広げたような気がします。              

George_benson_breezin

音楽も、70年代までのソウルを中心としたちょっと渋い曲が効果的に使われていました。


Stevie_wonder_innervisions_1Joe_cocker_ultimate_collection_1ジョージ・ベンソンの「マスカレード」(Are you really happy here…?ではじまるから)、スティービー・ワンダーの「ハイヤー・グラウンド」”Jesus Children of America”(ともに彼の最高傑作「インナーヴィジョンズ」からの選曲だ)、ジョー・コッカー「フィーリン・オーライト」などなど。

 一番話題なのが、子供のクリストファー役を、ウィルの実子のジェイデン・クリストファー・サイヤ・スミスが演じていることです。親子の役を親子で共演してしまった。実際の親子ならではの息の合った自然さは出ていました。

Grover_washington_jr_winelightWill_smith_just_the_two_of_us Just the Two of Us、たった二人だけ、82年のグローヴァー・ワシントンJrとビル・ウィザースのコラボによる大ヒット曲で、邦題「クリスタルの恋人たち」(うわー、前長野知事さん)。

 ところがウィルは2000年、この恋人同士の語らいの曲をサンプリングして、タイトルもそのままで、子供が生まれた嬉しさをラップに重ねて大ヒットを出しています。

 「この子は将来何になるかな、将軍か、博士か、はたまたラッパーか?」

なんて一節がありましたが、ラッパーではなく俳優という部分で、親を継がせようとしています。彼の親バカはすでにこの時から始まっていたんだな。

 次回作(映画ですが)では、やはりウィルのプロデュースで、今度は愛娘を女優デビューさせるんだそうです。

 「幸せのちから」は全国公開中。いかがですか?

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2006年9月15日 (金)

Return to Pooh Corner

1980年代とは何だったのでしょう。

ベストヒットUSA,MTVの時代。Starship_no_protection

先週ネタにした、ジェファソン・スターシップみたいなベテラン、非主流バンドがレコードを売るための産業ポップロックに走った時代。

Asia_asia

Yes_90125

プログレ畑の人たちも産業ポップロックに走った。これはイエスやエイジアなど。

Kool_the_gang_goldChicago_greatest_hits_19821989_1

ブラスロックだったシカゴ、ファンキーだったクール&ザ・ギャングなんかが甘っちょろいラブ・バラードの大ヒット曲を連発した。

 

Top_gun_soundtrack そして、9月

10日のベストヒットのリクエストコーナーでかかった「デンジャー・ゾーン」のような、ケニー・ロギンスがほとんど映画サントラシンガーと化していた時代。




Footloose_soundtrack

 その「デンジャー・ゾーン」の「トップ・ガン」からは他に「ミート・ミー・ハーフ・ウェイ」、その「トップ・ガン」の前に、あの「フットルース」が大有名ですね。一番最初は映画「キャディ・シャック」の「アイム・オーライト」でした。

Kenny_loggins_yesterday_today_tommorrow_

 その80年代が終わって、94年ごろ彼はソロになって初めてのグレイテストヒッツを出すんですけど、彼自身の選曲で、一曲ごとに彼自身の言葉で詳細な曲紹介、解説を書いているんです。ところが、「フットルース」「デンジャー・ゾーン」「アイム・オーライト」の三曲に関しては、選曲はされているんですけれど、解説は一切書かれておらず、わざとらしい空白欄になっていた。

 これは果たして何を意味するのでしょう。

 シカゴの面々も、克也さんとのインタビューその他の機会で80年代のバラード路線への悔恨を露にしていたという。

Kenny_loggins_outside_from_the_redwoods その後のケニーはひたすら原点に戻ろうとする活動をします。まず野外アコースティック・ライヴをCDとビデオで出して成功します。当時MTVでの一連のアンプラグド企画流行っていたことに乗じたものでしたが、それに田舎の林の中の小ステージでのライブでこぢんまりとして雰囲気の中、往年のヒット曲をアコースティックギター、アコースティックピアノでアレンジしなおして、素朴で、80年代の派手さを全く感じさせないものでした。「フットルース」もそこでは全く印象が違った曲になっていました。Kenny_loggins_return_to_pooh_corner

 その後ケニーの90年代ほとんど、ファミリー、チャイルド音楽の分野で活動します。93年に発表したReturn to Pooh Corner、当時はまだメジャーなアーティストが単独で子供向けアルバムを出すというのは珍しいことでした。70年代のロギンス&メッシーナ時代の「プー横丁の家」をセルフカバーした表題曲、クマのプーさんがテーマです。フィル・コリンズのYou’ll Be In My Heartとかディズニー映画のテーマで使われた曲、セサミ・ストリートの蛙のカーミットが歌っていたポール・ウィリアムスの「レインボウ・コネクション」、ポール・サイモンの「聖ジュディ彗星の唄」なんか、それまでのヒット曲でも子供向けのものが結構あって、それらを集めてカバーしたものでした。Kenny_loggins_more_songs_from_the_pooh_c

 これがチャイルドミュージックに革命を起こします。アルバムチャートの上位に食い込むということはありませんでしたが物凄いロングセラーになり、それまでのケニーのアルバムの売り上げを上回ってしまうほどになりました。

 実は僕も子供が生まれて最初に買ったCDがこれでした。今でも子守唄に使えます。Nicolette_larson_sleep_baby_sleepLinda_ronstadt_dedicated_to_the_one_i_lo_1Art_garfunkel_songs_from_a_parent_to_a_c

 その後ケニーはフォローアップのチャイルドミュージック企画CDを2枚出します。ケニーのこの成功に触発されて、リンダ・ロンシュタット、アート・ガーファンクル、故二コレット・ラーソンなんかが同様のチャイルドアルバムを発表します。

 そしてケニーは去年から今年にかけて、そのロギンス&メッシーナを再結成します。

Loggins_messina_sittin_in_againAnne_murray_ultimate_collection 70年代の前半、実働期間は四年くらいしかありませんでしたが語り継がれているデュエットチーム。ポコを脱退したジム・メッシーナがケニーを見出す形で結成、カントリーロックとポップをクロスオーバーさせたような音楽で、大ヒットこそありませんが、その「プー横丁の家」とか、アン・マレーのカバーで有名になった「ラブ・ソング」「ダニーの歌」、ポイズンがカバーしたり、クリントン前大統領がMTVにゲスト出演してケニーと一緒に演奏、サキソフォンで参加した「ママはダンスを踊らない」など、数々の名曲を残している。

Loggins_messina_sittin_in_again_at_the_s 去年の夏から再結成ツアーが始まり、DVDもライブCDも出ています。ケニーのヒット曲はまったく演奏されず、ロギンス&メッシーナ時代のレパートリーのみ、しかも当時のアレンジのままでやっています。場所は林の中とは行かないまでも野外にこだわっているみたい。

 ボーナスで73年の、全盛期にウルフマン・ジャックのミッドナイトスペシャルに出演した映像が入っています。ケニーは長髪髭もじゃ、現在のほうが痩せている。ジムは今のほうが太っているのがご愛嬌。

 長い時間をかけて自分の原点に戻る。何をやっているかに拘らず、いつかは必要になってくることなのかもしれません。

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