エルヴィス・プレスリー

2006年7月 7日 (金)

Graceland

今週はやっぱりこれか。

 平成のワンマン宰相、任期切れの勇退を数ヵ月後に控え、最後の訪米へ。

 思い起こせば首相就任の6年前のその日、「♪なんてったってアイドル、なんてったってコイズミ、って知ってる?」と賜っていた。

 選挙の時には XJAPANの曲をバックに、ちょっとナルシシズムが入っていたテレビCMを流していた。

 そして、無類のプレスリーファンを自認し、自らの選曲、自らライナーノーツに筆を取ったCDまで出た。

 最後の訪米は念願のプレスリーの聖地参りを実現させて、なんと世界の最高権力者たる、そのメリケン国大統領も同伴した。

 その大統領専用機エアフォースワンに乗ってワシントンからテネシー州メンフィスへ。外国首脳が大統領専用機に同乗を許されたとは破格の待遇かもしれない。Elvis_presley_1

 しかもその機内ではご丁寧にプレスリーのヒット曲しか入っていない特注ジュークボックスが配備され、プレスリー主演映画も上映されたという。「ラヴ・ミー・テンダー」や「冷たくしないで」がかかっていたらしい。

ホワイトハウス報道官は「大統領と首相はエルヴィスが“埋葬されているとされる場所”で会談を持ちます」と発表した。

数回前にポール死亡説のもろもろについて書きましたが、この人に関してはいまだに「生存説」を信じてやまない人が多くいらっしゃるようで、政府高官もそんなことにまで配慮しなければならないのでしょうか。Elvis_presley_on_stage_1

エルヴィスが亡くなった数ヵ月後、ぞっとする情報が流れた。いったん死んだ細胞を全部蘇生させて生き返らせたという、ただし彼は生前の記憶を一切なくしていて言葉も喋れない、脳神経系統にどんなに刺激を与えてもダメ、彼に記憶や言語能力を甦らせられたら破格の賞金を用意する、という(確か克也さんの「ワールド・ミュージック」の情報コーナーネタだった)。

映画でも、「ロボコップ」には、エルヴィスの格好をしたミイラが展示されている博物館か何かの場面がありますし、「メン・イン・ブラック」では、トミー・リー・ジョーンズがエルヴィスを聴きながら「エルヴィスは死んでない、故郷の星へ帰っただけだ」と言うシーンがある。あの映画では、マイケル・ジャクソン、シルヴェスタ・スタローン、デニス・ロドマン、人間離れした格好をしたり活躍をしたりしている人は、実は宇宙人が化けている場合が多い、という設定でしたから。

ワンマン宰相は、記者会見でも I Want You I Need Youの一節を歌ってみせて、アメリカの人たちへの惜別として “Thank you very much for love me tender”とおっしゃった。文法ぼろぼろ。Thank you very much for loving me tenderとちゃんと言っても、捩りだってわかってくれますよ。

 なんかいい気になって鼻についてたなあ。最近の牛肉輸入再開や、米軍基地移転問題、同盟強化でお土産をいっぱい持っていって、世界唯一の超大国と大の仲良しを演出したかったんでしょうけど。

その世界の超大国は、今世界で最も嫌われている国でもあるんだよ。

大統領にエルヴィスの聖地に連れて行って貰って歓待を受けたって思ってるかもしれないけど、メキシコ大統領とはオハイオ州トリドに一緒に行ってるし、ポーランド大統領とはデトロイトに行ってる。大統領が他の国の首脳をエアフォースワンに乗せるのは何も珍しいことじゃないし、今の大統領は年の半分以上は首都のワシントンに居ないという珍しい大統領、その一環でもあるんだよ。

それに、それらは選挙絡みの票取り活動でもある。それぞれメキシコ系、ポーランド系住民が多い場所にしっかり行っている。コイズミ君が来ても喜ぶ票田は別にないから、そんじゃしょうがねーから彼の好きなところに連れて行ってやるか、てなところが本当じゃないの?

それにブッシュ君は、例えばサイクリング好きで知られるデンマーク首相が来るとキャンプ・デービッドで二人乗り自転車でツーリングをやってみせる。お客の趣味に合わせるのは日常茶飯事なわけ。

 それに、重要な同盟国の代表が来たなら、議会で演説に招かれても不思議ではないのに、それはなかった。議会の中で例の神社参拝を問題にした議員がいて、アメリカの退役軍人の感情への配慮もさることながら、やはりアジアの国際関係をおかしくしているやつだから招くべきではない、ということになったという。見ている人は見ているんだよ。

 それだけべったりしていながら、アメさんは結局、日本の外交筋の念願である国連安保理常任理事国入り案を支持してくれなくて、立ち消えになった。

 「自分がやったことは、将来、歴史が正当に評価してくれる」なんて啖呵を切ったけど。

 「格差が開くことは悪いことだとは思わない」とか。

 財政赤字改善は急務なのに、「自分の任期中は消費税増税はしない」。要するに自分の人気取りで、責任の先送り。

 結局あなたは、日本を世知辛くした首相、として記憶されるのではないですか。

Paul_simon_gracelandGracelandはポール・サイモンの86年の曲。プレスリー生誕の地に敬意を表した。同タイトルのアルバムは彼のソロとしては最大の売り上げとなりグラミーの最優秀アルバムも獲得しました。彼がアフリカ音楽に傾倒していたときで、その影響が色濃く出ていた。

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2006年3月10日 (金)

Rock'n 'Roll Heaven

名古屋へいらっしゃらなかった日曜日は有意義でしたか?

というわけでラジオがなかったので、例によってベストヒットUSAの話。

Elvis_presley  35日は1960年、エルヴィスが兵役から除隊した日。

 ジョン・レノンは、77年のプレスリー逝去の際に、彼は軍隊にとられた時点で死んでいたと思っていた、と発言しており、そう思うファンも少なくないようですが、彼にとってはやはり人生の転機で、従軍先のドイツでプリシラと知り合うんですよね。

 大滝詠一翁いわく、日本の洋楽文化はどんなに戻ってもビートルズどまりだけど、アメリカやイギリスはエルヴィスまで戻れる。そこに深みの違いがある。

 克也さんも言っていた、1956年のデビュー時の初テレビ出演はジャズのトミーとジミーのドーシー兄弟が中心のサタデーナイトバンドスタンドで、そこでアレンジャーとして仕事をしていたのがクィンシー・ジョーンズでした。彼の回想によれば、ある時突然、メンフィスから若者がやってきてリハーサルで歌ったら、ジャズ専門のバンドは合わないから怒りだして、特別にメンフィスから彼のバンドを呼んで出演させた。トミー・ドーシーは彼を評し、あんな奴すぐ消える、と言ったそうですが、反響の投書が1万通近くあった。その後、保守的なミルトン・バールのショーに出演したが、それにはその十倍もの反響、と言うか苦情が殺到した。バールはその数で彼がスターになると確信し、マネージャーのトム・パーカー大佐に告げた。その数日後、スティーヴ・アレンのショーに出演したときには、話題作りのための出演だったけどアレンがプレスリーのスタイルを嫌っていたため、初めてタキシードを着せられ、ハットを被った老ビーグル犬を指差しながらハウンド・ドッグを歌わされた。

 とにかく、腰グラグラ、膝ガクガクのスタイルは黒人にもなかった。若い世代は夢中になるが、親の世代は物凄く嫌悪した。とにかく、エルヴィスは音楽とアメリカ文化を変えた。

Elvis_presley_on_stage ところがその後の兵役。除隊後も、パーカー大佐の勧めで映画に多く出るようになるがその自分の活動に疑問を持ち始め、宗教に傾倒するようになる。そんな中で彼の転機となったのが二つ目の映像で流れた、68年のカムバックショー。当時では珍しかった、三メートル四方の小さなステージを360度聴衆が取り囲むスタイルを取り入れ、観客からの直の反応をビンビン受け取り、自分のスタイルを再確認する。克也さんは「使用前、使用後」と言うちょっと否定的な言い方をなさっていましたが、これも彼にとってはいい意味での変化だったのでしょう。

Blues_brothers_briefcase_full_of_blues そして、1982年歿のジョン・ベルーシの命日。レイ・チャールズとの競演のシーンが流れました。日本で最初に発売されたブルース・ブラザースのLPのライナー解説が笑えます。書いている人がジョンとダン・エイクロイドのことを知らなくて、コメディ路線のサウンドトラックだと気が付かず、真面目なカバーアルバムだと思って小難しく解説してる。

Andy_gibb_sadow_dancing そしてそして、ビージーズのギブ兄弟の末弟、アンディ・ギブの誕生日でもあった。


Marilyn_mccoo_billy_davis_jr_i_hope_we_gRex_smith_simply_rex_greatest_hits アンディ・ギブと言えば、まだ
MTVもなくてプロモーションビデオがそれほど作られていなかった時期に開始されたベストヒットUSAが元ネタに使っていた Solid Goldというテレビ番組のホストをしていて、時々ベストヒットにも登場していました。女性司会者はフィフス・ディメンションのマリリン・マックー。彼が病気になったあとは、やはりアイドルで、Sooner or Laterというソープオペラで人気が出て、You Take My Breath Awayというヒット曲もあるレックス・スミスが取って代わりました。

 今回の登場人物は、みんな帰らぬ人になっています。

Righteous_brothers_reunion Rock’n Roll Heavenは、ライチャス・ブラザースの74年のカムバックヒット。作者は山下達朗の英語詩の相棒のアラン・オディ。その時点で亡くなっていたロックスターたちに捧げる曲。

 「永遠を信じるなら、一生なんてほんの一夜興行さ。

  ロックンロール天国があったなら、彼らはバンドを組んで楽しくやってるさ。

  ジミヘン、ジャニス・ジョプリン、オーティス・レディング、ジム・モリソン

  ジム・クロウチ、ボビー・ダーリン、みんな別の演奏場所を見つけただけさ」

それにプレスリーやレノンやジョージやマーヴィンや、今回の人たちも加わる。
願わくば坂本九も。

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