ジョージ・マイケル

2007年9月28日 (金)

Boulevard of Broken Dreams

American Idiot

  グリーンデイだと思うでしょう? ところがどっこい。

 モバHo!導入でレギュラーで聴けるようになったもう一つの克也さん番組、DJ Koby’s Radio Showもネタにしていきましょう。

 922日にアーカイヴされたのは、トニー・ベネット。

 本年81歳。

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  去年80歳を記念して製作されたアルバム、「デュエッツ」でトニーと一緒に歌ったのは、 バーブラ・ストライザンドが一番、活動期間の長さ、音楽的ジャンルが近いとして、ほかはみんな畑違い。ベテランでは、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、ジェームス・テイラー、 スティービー・ワンダービリー・ジョエル、エルヴィス・コステロ、スティング、ボノジョージ・マイケル90年代以降のスターでは、ディクシー・チックスK.D.ラング、ティム・マグロウ、セリーヌ・ディオン、マイケル・ブーブレ、ジョン・レジェンドなどなど。

 普通この手の企画なら、オケが最初にとられ、それが互いに顔を合わすことなく、別々のスタジオでヴォーカルを入れたものを編集で繋ぎ合わせる。80年代のポール・マッカートニーがスティービー・ワンダーやマイケル・ジャクソンとやったやつ、似たような企画だとフランク・シナトラの生前のデュエット・アルバムもそうやって作っていた。

 ところがトニーはこの製作では、デュエット相手がいるところなら、東海岸、西海岸、イギリス、ヨーロッパ、「追いかけます、お出かけならば、どこまでも」のザ・ベストテン生中継方針を貫いた。長年バックはこの人たちとしかやらないというラルフ・シャロン・トリオを引きつれ、アーティストのいる場所に押しかけて、オケを最初にとるやり方ではない、生演奏をバックに録音するという昔ながらのスタイルで作った。彼はコンサートでも、語りかけと歌を交える特徴がありますが、それがそのままCDで再現されている。”Stevie, wonderful”みたいなシャレを交えた掛け合いとか。デュエットパートナーに選ばれた若手たちは、こんな録音の仕方は初めて、と新鮮さに緊張したという。

 そう、彼は昔からスタイルを変えようとしない。

 そのスタイルは、一度は音楽業界から見放された。でも最近、なぜかまた求められ始めた。

 ペリー・コモのテレビショーからスターダムに登った彼。音楽の師匠はデューク・エリントンなど。すごい世代だ。

Tony_bennet_american_songbook  60年代には一年にアルバム3枚発売のペースを続け、ヒット曲も量産した。

 代表曲はなんといっても「想い出のサンフランシスコ」でしょう。

 ところが、ロックが全盛になり、音楽も多様化してきた70年代、彼のスタイルは時代遅れとなり、レコード契約も切られてしまう。

 この時期、私生活でも泥沼離婚を経験し、麻薬漬けになってしまった。この時期のことについて、彼は語りたがらない。

 それでも、子供にとってのよい父親として手本にならなければならないとの意識から、麻薬からは抜けられたという。

 そして90年代、スタイルは変わらないまま、再び脚光を浴びることになります。

 93年の、フレッド・アステアのカバー「ステッピン・アウト」ではプロモーションビデオに初挑戦し話題となり、アルバムもヒットし、若い世代のファンを開拓した。

 また少し時期はこれより後になりますが、ロッド・スチュアートの「アメリカン・ソング・ブック」三部作の成功など、その他もロックアーティストがトニーの世代の曲をカバーしたり、またマイケル・ブーブレやジョシュ・グローバンなど、トニーと同じジャズっぽい「クルーナー」を自称する若いアーティストが出てきたことも追い風になったのでしょう。

 95年にトニーは「MTVアンプラグド」に出演しCDも発表、グラミーの最優秀アルバム賞も受賞し、ますます若い世代のファンを獲得しました。

 80歳を超えて発表した「デュエッツ」からも判るとおり、若い世代からのリスペクトも並々ならぬものがあります。

Tony_bennet_in_the_studio  そんな彼、現在はニューヨーク、クイーンズ地区の自分の育った地域を一望できる高層マンションで、40歳以上年下の恋人スーザン・クロウさんと、趣味の絵を描きつつ悠々自適のようです。まさに「グッド・ライフ」(彼の代表曲の一つです)なんでしょうね。

 そうそう、それで、Boulevard of Broken Dreamsとは、1950年のトニー・ベネットのデビューヒットなのです。もちろんグリーンデイのものとは同名異曲。でも歌詞には同じフレーズが数箇所あります。グリーンデイのやつは、このトニーの曲ではなく、それ以前、1930年代にそういうタイトルの映画だか小説だかがあってそこからインスパイアされたのだといっていますが、トニーのその曲も結局出所は同じ、ということなのでしょう。

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2007年9月 9日 (日)

1985

映画のお話です。

Music_lyrics  「ラブソングができるまで」”Music and Lyrics”

  この映画については何か書かなくちゃ、と思っていました。

 ところが、全国ロードショー公開期間は忙しくて、行こう行こうと思っていたらいつの間にか終わっていた。

 先月、地元にある、全国公開は終わったけれどいい映画を続けて見せてくれる小さな映画館で上映していて、それは見ることができました。

 ところがもうつい先日、DVD発売、レンタル解禁になってしまいました。

 そこで、これからDVDなどで見る方たちのために。

 なぜ書かなくちゃいけないかと思ったかといいますと、音楽と関係していることも勿論なんですが。

 やっぱり前に観た映画と重なってしまって。

 その映画の宣伝ビラだかビデオパッケージだかに、克也さん自身のキャッチコピーとして「観てごらん。こりゃまるで映画版ベストヒットUSAだ!」なんて載っていました。

Wedding_singer  ちょうど10年前の「ウェディング・シンガー」という映画。

 劇中で出演者が演奏する曲も、バックで流れていたトラックも、80年代ポップスノンストップといった感じでした。

 プロダクション的には全く関係ないみたいなんですけど、イメージがやたら被ります。

 80年代ポップスがテーマであることも然り、話の筋立て然り、主演女優も同じドリュー・バリモア。主演男優も、前者がアダム・サンドラー、今回はヒュー・グラント、別人ですけど気のせいかそっくりに見えます。

 「ウェディング・・・」は、ロックスターを夢見ながらも結婚式に招かれてその場を盛り上げるしか仕事がないシンガーと、式場にアルバイトに来た女の子、互いに婚約者がいながらも今一つ踏みけれないまま出会い、お互いが気になる存在になって。。。というストーリーでした。

Debbie_gibson_greatest_hits Tiffany_greatest_hits             

「ラブソング・・・」はその逆で、80年代に全盛を誇った「ポップ」というグループのリーダーだったアレックス・フレッチャー。「あの日とは今どこに?」状態で、場末の遊園地のショーで歌っていたり、テレビから、80年代スターバトルの企画を持ち掛けられたり。これ、かつてのスターたちが歌い競うのだと思いきや、ティファニー、デビー・ギブソン、フロック・オブ・シーガルス、フランキー・ゴース・トゥ・ハリウッド、ビリー・アイドルなんかが本当に殴りあって勝ち残った一人が一曲だけ歌えるというナンセンス企画。

Billy_idol_rebel_yell  そういえばビリー・アイドルは「ウェディング・・・」の重要な場面で自身が出演していました。

 この「ポップ」というバンド、80年代半ばのイギリスからいっぱい出てきた「ニュー・ロマンティック」とか言われていた、先鋭的なオシャレ、アイドル性とニューウェーヴ的音楽性を掛け合わせていたグループのステレオタイプなんですけど、僕が見たところ、A-HA、カジャグーグー、グラスタイガー、ロマンティクス辺りがモデルになっているような気がします。

Aha_hunting_high_and_low Kajagoogoo_too_shy            

 アレックスが場末のショーで「ケアレス・ウィスパー」そっくりの曲を歌う場面もあり、これも大笑いです。

 ところが、「ブリットニー・スピアーズとクリスティナ・アギレラを足してもそれ以上に凄い」現在の大スターのコーラが、かつての「ポップ」の大ファンだということで、新曲の作曲をアレックスに依頼してきた。他の作家との競争があるので数日で仕上げろとの注文つきで。

Shakira_oral_fixation  このコーラは、シャキーラか、ビヨンセ辺りがモデルでしょうか。シャキーラは映画のなかでコーラの友達としてでてくるのですが。今のヒップホップっぽい女性アーティストのステレオタイプとして面白い。

 アレックスは作詞家と喧嘩別れしてしまいますが、部屋の花飾りを届けに来たソフィーと話していて作詞の才能があることを発見、強引に頼み込んで共同作業で曲作りをはじめます。

 お決まりで、お互いを意識する関係になり。。。

 二人で “Way Back into Love”という曲を作り、コーラもそれを気に入り採用が決定します。

 ところが、コーラスが綺麗なバラードとして作った曲が、イントロにラップが入れられて、コーラが凝っている東洋的なメロディ、リズムも加えられたヒップホップに変えられてしまう。アレックスは、採用されたんだからそれでもいいと考えますが、ソフィーは、これでは曲のよさが伝わらないと怒ってしまい、それが原因で仲違いをしてしまう。

 ソフィーがかつて、作家と不倫関係にあって、それを題材にしたホンがベストセラーになっていた、なんて話も絡んできて。

 それでもソフィーが仕事の上以上の人生のパートナーとしても重要な存在だと気付いたアレックスは、彼女に捧げる曲を書き、それをゲストで招かれたコーラのコンサートの大観衆の前、ソフィーたった一人のためだけに歌う。「ウェディング・・・」でアダム・サンドラー演じる結婚式座興シンガーが飛行機の中でそうしたように。そして、アレックスとコーラのデュエットで演奏された”Way Back into Love”のアレンジはどうなっていたか。。。

 この作品、今の時点での「映画版ベストヒットUSA」第二弾と言っていいでしょう。

America_here_now  音楽を監修したはFountains of Wayneのアダム・シュレシンジャーで、”Way Back into Love”も彼の書下ろしです。エンディングテーマは、前回もチラッと出てきた「名前のない馬」のアメリカの”Work to Do”、これもシュレシンジャーのプロデュースで、かなりいい出来と見ました。

Bowling_for_soup_a_hangover_you_don  タイトルの一曲”1985” Bowling for Soup3年前のヒット曲。

 「ニルヴァナの遥か前に、ブルースも、U2も、マドンナも、ヴァン・へイレンも、デュラン・デュランも、ワムもいた。みんなMTVを見ていた。あの時の彼女も二人の子持ち。

でもまだ19歳の気持ちのまま、1985年にしがみついてるから」

 暦年をタイトルに入れた曲, “Summer of ‘69”とか”65 Love Affair”とか60年代が圧倒的に多かったんですけれど、いきなり85年を歌う曲が出てきたときにはちょっとした感慨がありました。

 そう、このとき青春時代を送っていた人は今40代で、克也さんもいつのまにか”When I’m 64”が未来形でなくなっちゃったもんなあ。

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2006年10月27日 (金)

Bo Diddley is Jesus

U2_rattle_and_hum1022日ベストヒット、タイムマシンで、“Rattle and Hum”「魂の叫び」のアルバムがイギリスのチャートで一位になった日ということでかかった、同名ドキュメンタリー映画からのU2「ディザイア」。


Kt_tunstall_eye_to_the_telescopeまだまだ記憶に鮮明の今年のヒット曲。今アメリカでは日本、イギリスと逆の順序で“Suddenly I See”が上がってきていますが、アメリカでの顔見世大ヒットとなったKT・タンストールの “Black Horse and the Cherry Tree”。僕もお気に入り、個人的に大プッシュ。

George_michael_faithワム!再結成を表明したジョージ・マイケル。去年の自伝映画での再会がきっかけになったのかな。今のところのソロの最大のヒット、85年の“Faith”

Neil_sedaka_laughter_in_the_rain_the_bes60年代のスターだったニール・セダカが長い停滞時期を経て75年に「雨に微笑を」で大復活しましたが、それに続く同年の全米ナンバー1ヒットの “Bad Blood”。エルトン・ジョンとのコラボでした。



Ace_frehley78年暮れ、KISSのメンバー四人全員がいっせいにソロアルバムを発表し、ジャケットも、一人一人の顔のアップで同じ、という企画がありました。その中で、メンバーの中では最も目立たない存在だったリードギターのエース・フレーリーがシングルで最大のヒットを出しました。イギリスのハローというグループのカバー、“New York Groove”

だんだんマイナーになってきてますか?

Eric_clapton_461_ocean_boulevard来日が待ち遠しいクラプトン。オリジナルはブルースのジョン・オーティスでしたが、“461 Ocean Boulevard”のアルバムの中で“I Shot the Sheriff” と一緒にカバーした “Willie and the Hand Jive”。ベストアルバムにも収められました。



Bruce_springsteen_born_to_runブルース・スプリングスティーンの75年の出世作、「明日なき暴走」“Born to Run”からのアルバムカット、“She’s the One”



Guns_n_roses_appetite_for_destructionGuns N’Roses、“Appetite for Destruction”の中からシングルにはならなかったけど人気のある“ Mr. Brownstone”

Kenny_loggins_yesterday_today_tommorrow__2最後は意外なところで、というか一番関連性が低いからなのですが、ケニー・ロギンスのご存知「フットルース」。同名サントラからの84年ナンバー1ヒット。




脈絡なく曲が並んだようですが、実は以上の曲は重要な共通点を持っています。

さて、なんでしょう?

これらの曲、リズムが同じ部分があるんです。

並んだ曲の数からわかるように、ロックで最もよく使われるリズムの一つです。

ジャ・・ジャ・・ジャ・・・ジャンジャン~

字じゃ分からないなあ。音符で表すにも変換ができなくて限界があるんだけど、♪を16分音符、/16分休符と考えて、♪/////////X/、みたいになるはずです。どれでも曲を思い浮かべるのが一番。二曲思い浮かべたら、ああ、似てるな、と思っていただければ。

このリズムはボー・ディドリー・シャッフルと呼ばれます。

Bo_didley_his_bestもちろん人の名前。ボー・ディドリーはロックの生みの親、ブルースからロックを分離した最初の世代といわれる人。

南部ミシシッピの出身。プレスリーと同時期に活躍した人で、55年には黒人として初めてエド・サリヴァン・ショーに出演しました。

彼自身の曲で有名なヒット曲があるわけではありませんが、とにかくそのスタイルで多くのアーティストからリスペクトされている。

86年にロックの殿堂入り。

Who_magic_busThe Whoも“Magic Bus”というシャッフルを使っている曲があるし、ライヴでボー・ディドリーのカバーを必ずといっていいほどやっている。

U2の「魂の叫び」も、成功した彼らの音楽的ルーツを探るドキュメンタリーであり、ボブ・ディランやBB・キングらと一緒にやっていた。そこに「ディザイア」が納めらえているのも、彼らのボーに対するリスペクトの現れでしょう。「ディザイア」は、荒いギターのストロークにハーモニカをかぶせる形で、ボー・ディドリーを忠実に再現していたといえます。

KT・タンストールも、この間のベストヒット出演で、あの曲はボー・ディドリーに捧げる意味もあった、と言ってました。

90年代、南部からのオルタナ系で活躍していた Jesus and Mary Chain にも“Bo Diddley is Jesus”というトリビュートソングがある。

同世代がどんどん他界していく中で、78歳の彼は存命です。去年はハリケーン・カトリーナの被害救済ライブにも登場した。真っ赤な派手な服、ハットにに大きなメガネ、相変わらずの風貌でした。

最近は曾孫にも囲まれ、信心に生きているようです。彼自身が神に近づいた?

彼ほど、一つのスタイルが後続のアーティストたちに影響している例はないでしょう。

この次はどんな曲が出てくるか。


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2006年1月12日 (木)

Freedom

まだまだ正月気分が抜けきれず仕事をやろうにもいまひとつ乗り切れない今日この頃。

今週日曜日は名古屋では克也さんもお休みでした。

この時期のいいところは、テレビや映画がちょっと普段と違うところ。

先週からこのサイトでも投票しているように、テレビに関してはいいのか悪いのかよくわかりませんが。

僕も克也さんに同じく田村マサカズの和製コロンボ三連発は大いに楽しみました。というかあの番組は10年前から全話欠かさずDVDに落としているマニアなので。

イチローの演技には驚きましたね。やっぱり度胸が据わってる。そちらの方面でも大きく飛躍しそうな予感。

映画は、いわゆるお正月映画で、毎年、話題作が一度に公開される時期ですが。

今年は音楽ファンにとって重要な映画が二つありました。

二つともミュージシャンの自伝記録映画。

一つはマーティン・スコセッシ監督のボブ・ディランの伝記映画、No direction Home、もう一つはジョージ・マイケルの A Different Story 素顔の告白。

ディランのやつはまた後日取り上げることにして、今回はジョージの方のリポートを。

これは映画としては評価が分かれるかもしれません。

マイケル・ムーアもそうなんですけど、ドキュメンタリーものは特に編集が難しいんだろうと思います。そこでどうもテンポがいまひとつだったような気がします。映画館で周囲を見ても居眠りをしている人がちらほら・・・

楽曲のクリップは一曲丸ごと流すというのがなかったですが、縮めたクリップとインタの兼ね合いが難しかったのかもしれません。

B000000oct01_sclzzzzzzz_ それでも、私生活では謎の多いスーパースターが自分について赤裸々に語っていたことはそれだけでも価値十分です。最初の恋人アンセルモ(男)をAIDSで失い、自分にも感染の可能性を疑っていたこと、フレディ・マーキュリー追悼コンサートでのクィーンとの競演Somebody to Loveは、フレディへの敬愛とアンセルモへの慕情の二重の思い入れをこめて歌っていたことなど、あらためてそうだったのか、でした。

B000005aln01_sclzzzzzzz__2 彼はスーパーアーティストなのですが、ライヴは少ない、レコードも寡作で、この問題も含めて私生活での落ち込みや、所属レコード会社との訴訟合戦、そして有名な、98年のロサンジェルスの公衆トイレでの猥褻行為での逮捕などで音楽活動が制限されたのですが、結局言い訳として、その時期のことを自分なりに整理して公表しておきたい、というのが映画製作の目的だったような気がします。イギリスの「市民パートナー法」改正にともないケニー・ゴスと結婚したばかりなのは御存知の通りですが、そのタイミングも図っていたのではないかと思います。

B000002u6c01_sclzzzzzzz_ 相方のアンドリュー・リッジリーを久しぶりに見ました。禿げてしまいましたが。二人の関係も色々言われていたのですが、解散後も仲のよい相談相手といった感じで、この映画で唯一心温まる部分でした。某異常児ことボーイ・ジョージは太っちゃって、ジョージ・マイケルの悪口ばかり言って見苦しかったです。

B00000261p01_sclzzzzzzz_ Freedomというのは、ジョージが自分でも気が付かずに自然に追い求めているものなのかもしれません。ジョージは、ワム時代のMake It Bigからのシングルで一曲Freedomというのがあり、また90Listen without PrejudiceからFreedom’90をヒットさせました。同一アーティストが同名異曲をヒットさせた例は極めて珍しい。更には96年のOlder にも“Free”という曲があります。

B0000027f801_sclzzzzzzz_ 映画でも「アーティストとしての成功は夢だった。今でも感謝している。でも私生活でも世間並みに対処したいよ。僕もみんなのような鎧を持って生まれたかった」という発言がありました。

アーティストとしての成功と普通の人としての人生との間に隔たりがあり、この映画で後者を解放したかったのかもしれません。

最後はもう一発ダジャレを決めましょう。

マリナーズ移籍の城島、イケル!!!

オレ、ジョージがホモだろうがなんだろうが、彼の私生活にはほとんど関心がない。彼のCD持ってるし、新しいのが出ると言うだけでワクワクできるから、それでいいのよ-小林

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2005年12月 8日 (木)

Jesusland

ちょっと時期をずらしちゃって恐縮ですが。 

前々回のベストヒットUSA 2005 Star of the Week でのベン・フォールズの特集。

彼のニューアルバムは Songs for Silvermanで、ニューシングルとして流されたビデオはJesusland

B0007wf1xc01_sclzzzzzzz_  インタビューで、彼が、今まで出最高の出来映えのビデオ、といっていたように、アメリカの田舎の田園風景を、一人で車に乗って眺めているように流れていく感じで、この曲に限ってはあまり攻撃的でない彼の滑らかなピアノとよく合っていました。

 この「ジーザスランド」とは何か、を、解説、というか知ったかぶりをしますと。

 一年前の大統領選挙の結果でできた言葉なんですね。ブッシュ大統領の再選が決まった直後から、ネットを駆け巡った冗談から発しています。

 ここのところのアメリカは、二極化現象がはっきり見えてきて、イラク戦争に賛成か反対か、ブッシュ大統領を好きか嫌いかなどで世論がはっきり二分され、これがライフスタイルや地理的分布にも見られるとされています。つまり、田舎に行けば行くほどブッシュ大統領と共和党への支持が強くなり、逆に都会に行けば行くほど反対候補のケリー候補に票を入れた民主党への支持が強くなる、と。田舎には白人の中流以上で家族をしっかり持った保守的な人が多く、都会には労働階級、独り身で多様な価値観をもつ人が多く暮らしている。

 これが地理にも結びついていて、ブッシュが勝った州はアメリカの真ん中側、南部、山岳部、高原部というように一つの纏まりになっています。そしてそこに住んでいるブッシュを支持した人たちは信心深い人たちが多い。ブッシュの共和党の中にはキリスト教保守派と呼ばれる、宗教で結ばれながらそのネットワークを利用して政治活動を拡大していく団体があり、選挙運動で暗躍、というか大貢献をしていました。そこで、ブッシュに投票したアメリカ中心部の信心深い地域を「ジーザスランド」と呼んだわけです。

Jesusland  他方、ケリー候補が勝ったもう半分のアメリカは「ジーザスランド」を囲むように位置する両側で、人口が多い大都市を抱えている、ニューヨークら東北部、カリフォルニアら太平洋岸、あとデトロイト、シカゴなどがある中西部の北側で、これらは全部カナダと地続きにできるので、The United States of Canada「カナダ合衆国」と名付けられました。ブッシュを支持したジーザスランドは見捨ててカナダに逃げ込んで別の新しい合衆国を作ってしまえ、というわけです。

 選挙直後から、この「カナダ合衆国」と「ジーザスランド」を色分けした地図がネットを駆け巡りました。現在「ジーザスランド」に関してはウェブサイトが開設され、その地図も見られますし、ブッシュや宗教指導者の発言を集めています(www.jesusland.com)。

 だからベン・フォールズのビデオでは「遠くなるビル街を見て、丘の上の大邸宅に近づく」田舎が表現されており、マット・ルーカスが演じる、奇跡の水を宣伝販売する胡散臭いテレビ伝道師が登場していたわけです。

 そんな二極化するアメリカで、更に分裂を促す問題となったのが、同性間結婚。2年前に合衆国最高裁判所が同性結婚を容認する判決を出して以来、同性愛者の立場を擁護するリベラルな人たちはその方向を歓迎し、逆に宗教の価値を重んじる人たちは大反対しています。 

 

B000005aln01_sclzzzzzzz__1B00005nzdw01_sclzzzzzzz__1         

 そんなアメリカを差し置いてイギリスでは、今週、同性間でも(結婚、ではなくシヴィル・パートナーシップといって区別していますが)異性間結婚と同様の財産相続権を付与するなど、同性パートナーシップの社会的地位を認める法律が施行されました。これを受けてジョージ・マイケルやエルトン・ジョンが長年の男性パートナーと事実婚生活に入ると公表したことは御存知の通り。「ジーザスランド」では最も忌み嫌われる傾向でしょう。

B000000idj01_sclzzzzzzz_  ベン・フォールズのインタビューでも、ちょっとした皮肉屋の彼の側面が垣間見られて面白かったです。「ミュージシャンとして初めて火星旅行をしたいし、72歳でヘビー級チャンピオンになりたい」などという発言、わけがわからない分笑えます。

 そういえば、なぜトリオだったのにベン・フォールズ・ファイヴだったのでしょう。諸説ありますが。解散してしまった今では迷宮入りの謎です。

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2005年10月19日 (水)

As

B0001msgx001_sclzzzzzzz_ 1016日放送のZIP HOT 100ではスティービー・ワンダーの曲が二曲ほぼ連続でかかりました。「今日は何の日」で、19761016日にちょうど、彼の名作アルバム「キー・オヴ・ライフ」が発売されたとのことで、その中からの全米No 1ヒットの Sir Duke「愛するデューク」が、続いて80位にニューエントリーした From the Bottom of My Heartが。

70年代のスティービーは音楽的に脂の乗り切った時期でしたが寡作で、アルバムとアルバムの間の期間がやたら長く、よく無期限延期になっていたりしていて、この「キー・オヴ・ライフ」もその前の「ファースト・フィナーレ」からほぼ3年ぶりだったりしたので、克也さんは、スティービーのニューアルバム、A Time to Love も発売無期限延期、と思わず口を滑らせてしまいましたが、実は今月18日オン・セールでした(笑)。確かにファーストシングルの So What the Fuss?が今年の初めに出て、そのときアルバムが同時リリースと聞かされて、それから相当待たされたわけですが。

彼のその活動ペースの原因とは・・・

ちょうど、その前日15日のSMA-Station 5 で克也さんナレーションで黒澤明監督の特集をやっていて、矢の集中攻撃を受けるシーンは実際の矢を使った命懸けの撮影だったとか、関係ない民家の屋根が邪魔だからわざわざ取り壊させたといったエピソードが紹介されていましたが。

その黒澤とスティービーを結びつけるものが、分野は違えども、完全主義、だと思うんです。

スティービーの関係者が、ひどい冗談なんですが、こんなことを言ってました。「スティービーのレコードを出したかったら、彼が亡くなればいいんだよ。お蔵入りになっている音源が山ほどあって、彼がリリースのOKを出さないんだから」

実際彼は時間さえあればスタジオに篭って曲作りか録音をやっている。Char(竹中尚人)もスティービーに会った時、君もミュージシャンか、一緒に何かやろう、と無理やりスタジオに入れさせられてジョイントをやったとのこと。

そんな感じで貯めに貯めた曲がゴマンとあって、その中から選びに選んだのが、数年間の一枚としてリリースされる。その過程が彼の時間の秘密だったようです。

B00004szwd01_sclzzzzzzz_ 「キー・オヴ・ライフ」も、その完全主義の賜物で、美しい曲あり、精神的な曲あり、過激な曲ありですばらしい作品で、グラミーの最優秀アルバムにも輝きましたが、全演奏時間が106分で、LP二枚に17センチのシングル盤の大きさの33回転のボーナスが一枚と他に類を見ない長さと形態で、確かLP一枚2,300円の時代に5,000円の値段が付いていたと思います。B00006329w01_sclzzzzzzz__1

B000000hkv01_sclzzzzzzz_      

ソウルミュージックのみならずポップスの歴史全体を変えた名作で、その影響は今も色あせません。3年前はTAKE6がスティービー本人をゲストフィーチャーして、「キー・オヴ・ライフ」の第一曲目Love’s in Need of Love Todayをカバーして、グラミーの最優秀R&Bグループパフォーマンス賞を受賞するし、95年にCoolio Pastime Paradiseをサンプリングネタにした Gangsta’s Paradiseをヒットさせている。これらが70年代当時はシングルヒット曲ではなく単なるアルバムカットだったことを考えると、その影響の大きさがわかるというものです。

B00004vy5f01_sclzzzzzzz_ ポップスの歴史に残る名盤の製作過程をインタビューと資料映像で振り返るDVDシリーズが出ているのですが、「キー・オヴ・ライフ」もあります。Isn’t She Lovely「可愛いアイシャ」の冒頭の赤ちゃんの鳴き声は実は愛娘アイシャのものではないこと、間奏のハーモニカソロは実はスティービーがミスった本来ならボツのテイクが使われていたこと、曲の終わりの挿入でアイシャは beat me ぶってちょうだい、と言っていたことなんかがわかって面白いです。そのアイシャ、成長して、ニューアルバムでは彼女の歌声をフィーチャーした曲が二曲収録されているとのこと。まだシングルになった So What the Fuss?と From the Bottom of My Heartしか聞いてませんが、甘いバラードばかりだったここのところのスティービーとは違って原点に回帰しているようで、ちょっと期待です。

B00004sf1301_sclzzzzzzz_ 克也さんが以前名古屋でやっていたテレビの情報バラエティ「ビビデバビデブ」で、エンディングテーマに、I Wish「回想」が使われていましたが、克也さんも何か思い入れがあるのでしょうか。この「回想」はウィル・スミスの「ワイルド・ワイルド・ウェスト」のサンプリングネタでもありました。

B00000ilm901_sclzzzzzzz_ 今回のタイトルAs「永遠の誓い」もこのアルバムからのシングルヒットで、最近ではジョージ・マイケルとメアリー・J・ブライジがカバーしました。7分以上の演奏タイムの、歌詞も、「イルカが空を飛んでオウムが海に住む日まで、母なる自然が役目を終える日まで、僕が君になって君が僕になる日まで、夜が昼になって昼が夜になる日まで、僕は君を愛し続ける」という壮大な曲で、間奏のエレキピアノソロをやっていたのが克也さんも会ったばかりのハービー・ハンコックでした。

B000009cmk01_sclzzzzzzz_ 因みに「キー・オヴ・ライフ」では、ジョージ・ベンソンや、後に Maniacという曲を映画「フラッシュダンス」からヒットさせる Michael Sembelloなんかがバックミュージシャンとして参加しています。あとライナーのブックレットにスティービーが謝辞を捧げている人たちの長いリストがありますが、中に兄弟デュオ、ブレッド&バターの岩沢幸矢さんの名前があったりして、ちょっとうれしかったです。

さて、このAsという曲、BreadIfと並んで、一単語二文字のタイトルで、チャートに入った曲としては二番目に短いタイトルの曲です。更に短い一単語一文字タイトルがあるのですが、それは誰のなんと言う曲でしょう?

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