ビリー・ジョエル

2008年2月22日 (金)

New York is a Woman

半分ベストヒットネタ、半分ライヴリポートです。

219日のスター・オヴ・ザ・ウィークのゲスト、スザンヌ・ヴェガ。

123日にあったライヴに行っていましたので、それともあわせて。

彼女が8年ぶりに出してきた新譜は、”Beauty and Crime”「美しさと犯罪」

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ベストヒットでのインタで言っていたとおり、スパニッシュ・ハーレム育ち、生粋のニューヨークっ娘である彼女が、そのニューヨークの、前衛さと危険さの二面性を表現した。特に前作ができた直後に911事件があり、その後に沸いた故郷に対するいろいろな思いがテーマだという。

ご存知の方も多いでしょうが、ニューヨークの都市部は、その他の地域に住んでいる人にとっては、あんなとこアメリカの代表だと思われちゃ困る、あんなとこ大嫌いだ、という場合が多い。超大国アメリカの本質は、日本の26倍ある巨大な田舎、なんですね。

それにまつわる個人的な経験から来るエピソードは枚挙に暇がないのですが、また機会があれば。

世界を代表する大都市、国際政治、経済、前衛芸術の中心、でも人口人種構成は複雑で、不衛生、犯罪発生率高い、そういう否定的なイメージも付きまとう。

911事件とは、そんな嫌われ場所のニューヨークで起こった、しかしたとえ一時的でもアメリカ全体の愛国心を高揚させ一致団結を促した、そんな皮肉も含んでいたわけです。

しかし、90年代の上向き景気にも後押しされ、衛生改善と警察力増強を前面に掲げて成功したジュリアーニ市政の御蔭で、汚い、怖いニューヨーク、というイメージは大幅に改善されたようです。

そして任期切れギリギリに911事件が起こり、その収拾にも指導力を発揮したジュリアーニさん。今年の共和党大統領候補の筆頭という下馬評でしたが、作戦ミスしましたね。早い時期に行われる州の予備選には力を要れず、フロリダなど、少し後に行われるけれども一挙に代議員を多く獲得できる州で挽回しようとした。ところが、マスコミが注目する早期に予備選を実施する州で勝った候補の勢いに、結局乗り遅れてしまった感じでした。残念。

閑話休題。

他の地域からは嫌われようとも、そこで生まれて育てば故郷への愛着は並ではない。

スザンヌがインタで、ニューヨーク以外だったらどこに住みたいかと訊かれたら、ロンドンか東京、と言っていた。よくわかります。都会っ子は最後まで都会を望むのですね。

 ビリー・ジョエルが、活躍した時期の背景の微妙なズレもあるのでしょうが、アメリカ全体から見たニューヨークの位置づけの変化を歌うことが多かったのに対し、スザンヌは、そこの生活そのものを等身大で観察した内省的な作品が多い、そこに大きな違いがあったと思います。音楽的には、ニューヨーク・パンクのパティ・スミスの洗礼を受けたジョニ・ミッチェルのフォーク、とでもいったところでしょうか。

 さて、123日のライヴ。例によって小さなライヴハウスで、オールスタンディングです。

 オープニングは彼女一人だけで出てきて、あの「トムズ・ダイナー」を口ずさみ始めました。

 「ルカ」でブレイクしたセカンドアルバム”Solitude Standing”「孤独」に収録されていた、もともとは全くの無伴奏、コーラスなしが印象的だったあの曲。日本でもコマーシャルのバックに使われた。

 歌詞の「コーヒーを注いでくれるのをじっと座って待つ」時にはバックのメンバーがポットを持って登場し「新聞を広げて、名前も知らない俳優が死んだニュース、つまらないから漫画欄を見よう」という時には新聞を広げながら登場し、「傘の水を切ながら女性が店に入ってきた」時にもその通りの仕草で登場し、一人ずつ揃っていく、粋な演出でした。

 全員揃ったところで「マレーネの肖像」。ファーストアルバム「街角の詩」からのデビューシングル、音楽専門誌から「ニューヨーク・フォーク界の新星」と華々しく紹介された曲でした。

 三曲目がニューアルバムから”New York is a Woman”.実はアルバムタイトルのbeauty and crimeというフレーズが出てくるのはこの曲で、事実上のタイトルナンバーといえるでしょう。美しさと罪が並存しているニューヨークはまさに女性そのもの、か。わかるようなわからないような・・・

 その後、ベストヒットでも新曲としてビデオが流れた、シナトラとエヴァ・ガードナーの物語、”Frank and Ava”

バックが引っ込んで彼女一人になってギター一本の弾き語り、ロッド・スチュアートの「マギー・メイ」へのアンサーソング”I Don’t Wanna Be your Maggie May”。つまり、ロッドの元歌は、少年(つまりロッド)と年上の女性との、初の大人の恋愛の曲ですが、「そんなに甘えさせないわよ」と。

映画「プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角」に提供した”Left and Center”

ニューアルバムから”Angel’s Doorway”。これが彼女が動じた初テロ事件に最も触発されて書いた曲だという。映画「ワールドトレードセンター」のような、事件で被害にあったものの生還して帰宅する話。

同じく”Pornographer’s Dream”。エロ小説作家の夢だといわれる女優とは、どんな女性なんだろう。

Suzanne_vega_tried_and_true などなど、いろいろ考えさせられる曲が続いて、やっぱり盛り上がりは「ルカ」。

彼女の代表曲ですね。87年にアメリカで3位。児童虐待の問題を扱ったことで有名。

ヒューイ・ルイス。シカゴとのダブルヘッドライナーで来日します。当時のベストヒットでのインタで、克也さんとともに軽い一曲レベルの商業主義に走っていた当時の音楽界を嘆き、「70年代にあったコンセプト・アルバムみたいにアルバム全体でひとつのテーマを追求することがなくなり、一曲一曲がばら売りになるのはビデオの普及のせいだ。「ルカ」をやったスザンヌみたいに、真面目なことをやる人が一人くらいいなければ業界ごとまるっきりダメになる」といっていたのを思い出します。

そして最後、「トムズ・ダイナー」がもう一回、今度はさらにおなじみのD.N.A.のバージョンがバックバンドとともに再現されました。

これは思いがけなく、「孤独」から4年後の91年、イギリスのスタジオチームのD.N.A.によって、もともとはスザンヌの声しかなかったこの曲自体をサンプリングネタにしてバックを加え、ヒップホップ調に仕上げたもの。

これは、原曲の素朴な雰囲気を大切にするならぶち壊しに近い行為ですが、実は一番喜んだのはスザンヌ本人で、積極的にシングル発売を働きかけたのも彼女自身だという。御蔭でこの曲は5位になる、彼女にとっては「ルカ」に次ぐ大ヒットとなり、便乗したりミックスバージョンもいくつか並んで出てきました。

ここが一番大音量になりましたね。そして大団円。

終了後、サイン会があって、またミーハーしている私としては機会を逃しませんでした。既に持っていて持ち込んだベスト盤、そして気になってその場で買ったニューアルバム、そしてローディーに頼み込んで譲ってもらったスザンヌ用セットリスト(僕は結構集めています)にサインを入れてもらいました。

そのセットリスト、曲ごとに、彼女のギターの何フレット目にカポタストを当てるか、それが数字で入れてあって面白いです。アンコールは、フロアからのリクエストにも答えられるように、柔軟に何曲も上げてあります。

やっぱり、体と頭で聴くライヴ、といった感じでした。

「ニューヨークは女」ならぬ、今話題の半分の「ニューヨークからの女」。落下傘候補ですが。

来週の今頃には、文字通り「雌雄が決している」のでしょうか。

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2006年12月15日 (金)

The Entertainer

「スティング」のテーマではありません。

今回のテーマ選択にはちょっとした嬉しい悲鳴がありました。どれにしようか?

Piano Manはストレートすぎる。New York State of Mind, Streetlife Serenader、どれも彼の持っている面を一言で言い表せる。

 でも結局、表題の曲に落ち着きました。

 なぜかというと、エンターテイナーとしての彼を再認識することができた、というのが個人的な印象だったからです。

 予告どおり、ビリー・ジョエルのナゴヤドーム公演、行ってきたのでリポートしたいと思います。

 彼をそこで見るのは、983月、エルトン・ジョンとのダブルヘッドライナーでの世界ツアー以来。あの時、克也さんはお芝居の真っ最中だったなあ。

 今回は完全セットリスト形式で振り返りたいと思います。

Billy_joel_turnstiles1. Prelude/Angry Young Man (Turnstiles 1976)
自分がギターをちょっとやるせいか、ギターの速弾きにはあんまりびっくりしないんですけれどこの曲を最初に聞いたときは衝撃的だった。速いピアノのトレモロが印象的なこの曲からスタート。スタートの2曲はどの場所でも変わっていないようです。

Billy_joel_52nd_street2. My Life (52nd Street 1978)

東京、大阪、福岡、札幌ではこの曲のイントロに「さくら、さくら」が被っていたそうです。ここ名古屋では、例のピアノのオクターブで流れるイントロに「クワイ川マーチ」Bridge on the River Kuaiのメロディーが乗せられて始まりました。後で出てくる「ハートにファイア」の歌詞にでも出てくる有名な映画「戦場に掛ける橋」のテーマ曲、「サル、ゴリラ、チンパンジー」って、あれですね。

3. Vienna (The Stranger 1977)

コンサートのパンフレットで彼が書いていることを読むと、マディソン・スクエア・ガーデン以来の復活コンサートでは、自分のヒット曲と同時に、今までほとんどライヴ演奏しなかったようなレパートリーを含めて、それを場所によって入れ替えることで楽しんできた、とありました。この選曲が名古屋でのそれに当たるのでしょう。日本ではあと福岡のみで演奏されたようです。
4. Honesty ( 52nd Street)
Billy_joel_12_gardens_live_1日本でお馴染みの曲だが、アメリカでは「52番街」からの第3段シングルで、ヒットチャートとしては30位台止まりで大ヒットとは言えない。「ストレンジャー」しかり、日本人はなんと短調が好きなことか。記録を作ったマディソン・スクエア・ガーデンでの連続コンサートの模様を収めた最新の「12ガーデンズライヴ」にも収録されていない。

Billy_joel_streetlifeserenade5. The Entertainer (Streetlife Serenade 1975)
自分を取り巻く音楽業界人の唄、この頃はパーマでもじゃもじゃしてたけどね、と、テレながらすっかり薄くなった頭を掻いてMCで笑いを取る。いいですよ、男の年輪が出ていて。克也さんも。


6.Zanzibar(52nd Street)
7.New York State of Mind (Turnstiles)

8. Miami 2017 (Turnstiles)

中盤に差し掛かりジャジーな雰囲気になっていく。「ザンジバー」なんてのも今までは演奏することは稀だったレパートリーだろう。サックス担当の若手、カール・フィッシャーは、この曲のレコードのフレディ・ハバートの演奏を聴いて楽器を始めたという。本人のバンドでその曲の演奏に参加できて感無量だろう。

克也さんが四つ目のボタンで書いていらっしゃる、彼には躁鬱の気がある、というのはよくわかる。発表してきたアルバムの全体の雰囲気に躁鬱の開きがあるし、収められた曲の中にも躁と欝がある。

Barbra_streissand_essential_1元々はバーブラ・ストライサンドのカバーで有名になった「ニュー・ヨークの想い」。これには「マイ・ライフ」「ストレンジャー」(「ハートにファイア」も?)と共通したテーマを含んでいる。つまり、ニュー・ヨークを捨て、南部や西海岸に移り住もうとする自分の周囲の人々、というか20世紀後半のアメリカ全体の雰囲気だ。同じテーマでも、「マイ・ライフ」は躁で「想い」「ストレンジャー」はちょっと欝が入っているのだろう。だからもっとシリアスに演って欲しかった気もするが、曲の最後に変な低い声を入れたり、ちょっとふざけていた感じがあった。それもそれでエンターテイナーの御一興だったのだろう。

Billy_joel_nylon_curtain9.Allewntown(The Nylon Curtain 1981)

「ナイロンカーテン」からは唯一の選曲。「ナイロン」あたりは全体が欝な感じだ。僕個人としては、ちょっと欝が入っていたほうがいい意味で好きで、「ナイロン」からはもっと選曲してほしかったのだが。

Billy_joel_the_stranger10. The Stranger (The Stranger).
11. Just the Way You Are (The Stranger)
12. Movin' Out (The Stranger)

「ストレンジャー」三部作。実は今回一番注目していたのはこの部分でした。なぜかというと。

 彼は少し前まで、7,8年の間完全にロックから遠ざかっていたわけで。クラシックのアルバムを発表したり、ライヴも行わなかった。

 その前後から「素顔のままで」はほとんど演奏しなくなってしまった。

 「60ミニッツ(CBSドキュメント)」に出演した折、こんなことを言っていました・

 

 あれを演らなくなったのは、あまりにもマンネリになったからだ。

 みんな、曲の合間に会話ができてしまうくらいに。

 Don’t go chainging やあ、久しぶり、どうだった

 to try to please me いやあ、こっちにもいろいろあってねえ

 you never let me down before まったく景気悪いねえ

 みたいに。

 

12ガーデンズ」でも演奏されていなかった。

ところが今回はリストに入っているという。どんな演奏になるか、と注目していたのですが。

 割と普通で、ふざけることなく忠実に演っていたと思いました。

13. An Innocent Man (An Innocent Man 1983)

Billy_joel_an_innocent_man ここまではずっとピアノ弾き語りでしたが、ここでは立ち上がってヴォーカリストとして。

 躁の「イノセントマン」のアルバムからの選曲はこれだけ。いかにエンターテイナーであっても、ここでドゥ・ワップ(「あの娘にアタック」)やフランキー・ヴァリ&フォーシーズンズ(「アップタウン・ガール」)が出てきてはさすがに流れがぶち壊しになるか。

14. Don't Ask Me Why (Glass Houses 1980)

Billy_joel_glass_housesいきなりボーディドリーシャッフルが始まりました。数回前に記事に書きましたが。

あれ?彼にボーディドリーシャッフルを使った曲はあったかな、と思いましたが、レコードとは関係ない、イントロと間奏のお遊びでした。

15. She's Always a Woman (The Stranger)
16. River of Dreams  (River of Dreams 1993)

Billy_joel_river_of_dreams 90年代からの選曲はこれだけ。曲の途中に、トーケンズ、ロバート・ジョンの「ライオンは寝ている」Lion Sleeps Tonightの節を入れていました。「リヴァー・・・」は、ゴスペルというか、アフリカのリズムをまねた曲で、「ライオン・・・」も元々はアフリカのどこかの部族のチャントがモチーフになっているわけで、うまく合うわけだ。

17. Highway to Hell (AC/DC)

ここでビリーはギターを手にする。

厳粛なクリスマスソングが始まるよ、なんてMCではぐらかして。

なんとツアークルーで、ギター調節担当のでぶっちょ、リッキー・チェーンソー「糸鋸」・ラポイントがステージに上がり歌い出した。

なんとACDCの「地獄のハイウエイ」のカバー。大騒ぎ。これもここのところのライブでずっとやっていることで話題にはなっていたが。これも愛嬌と、ラストスパートに向けてビリーのエネルギーを温存させる意味もあるか。ローディースタッフをドームのステージに上げてしまうのはビリーととんねるすだけか。

Billy_joel_storm_front_118. We Didn't Start the Fire (Storm Front 1989)
19. Big Shot (52nd Street)

20. It's Still Rock and Roll to Me (Glass Houses)
21. You May Be Right (Glass Houses)

ギターを持ったまま、ロックっぽいナンバーが続き、一気にオーラスへと入っていきます。ここではもはやピアノマンではない。

Billy_joel_piano_man22. Only the Good Die Young (Stranger)
23. Piano Man (Piano Man 1973)
y T

これは一度引っ込んだ後のアンコールです。

 ハーモニカスタンドを装着した時点で聴衆は何を始めるか敏感に反応する。

 他の地域では「上を向いて歩こう」のメロディで始まったそうですが、名古屋ではここで「さくら、さくら」が前奏で出てきました。ハーモニカの前奏に入る前に息を切らす。

 前の席の聴衆は、この時ぞとばかり、カンニングペーパーを取り出した。歌詞が書いてあるようだ。

 確かに、 sing us a song, you’re the piano man, sing us a song tonight

We’re all in the mood for a melody, you got us feelin’ alright

 というのはみんなで歌うにはちょっと難しいか。

 エルトン・ジョンとの時もこれがシング・アロングだった。

 この曲は74年の発売の時にはヒットチャートの20位内にも入らなかった。それがこれだけのシング・アロング・ソングになってしまっているのだから、たいしたものだ。

 

 こんな感じでした。 

 他の地域では、 Scenes from an Italian Restaurant, I Go to Extremes なんかが差し替えで入ったようで、福岡では、ちょうど128日だったこともあり、「イマジン」も入れたようです。

 

 同じ場所で見た、イーグルスのフェアウエル・ツアーを思い出してしまいました。

 ヒット曲、代表的アルバムカットを詰め込めるだけ詰め込んで、長時間演る。

 ビリーも、以前数年間、引退同然の活動休止状態だった。

 その後で再登場し、今までの活動の集大成みたいなライヴをやる。彼も、ある程度、再度のフェアウエルを意識していたのだろうか。

 エンターテイナーを満喫できたけれど、今後の彼の活動の方向がちょっと気になった、そんなコンサートでした。



 

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2005年9月21日 (水)

It's Still Rock'n 'Roll to Me!

先週の続きで、911日という誕生日に責任を感じている(?)STYXのトミー・ショウの話。STYXって結成が72年くらいですけどまだやってるんですねえ。彼らを最後に観た、というか最後に日本に来たのが99年で、割と小さなライブハウスで観られたから、ライブのあとでサインをもらえたりちょっと話せたりしたんですね。

B000002gf601_sclzzzzzzz__1 STYXとして彼がその前に来日したのがアルバム Kilroy was Hereのプロモーションに来た82年で、当時はテレビでベストヒットUSA、ラジオでは赤坂局の深夜放送のサウンドストームDJANGOなんか、克也さん番組に出ずっぱりで、特にラジオのほうなんか克也さんが当時からよくやっているイントロクイズでアーティストの音楽的傾向を引き出すインタビューで彼がいじめられていたのを憶えていたので、そのことをトミーと話題にしてみたら、彼も良く憶えていたようでした。

B000002ll101_sclzzzzzzz__1  STYXといえばトミーとDennis DeYoungが二枚看板でしたが、そのKilroyのアルバムあたりから二人の意見対立が激しくなって解散状態になり、デニスはソロ活動に、トミーはソロを経てDamn Yankeesを結成。その後90年代初めにデニス中心で再結成し、数年後にトミーも加わる形で完全復活(ドラムのJohn Panozzoは逝去)、しかしまた内部で意見が合わなくなったのか、デニスの病気もあって彼はやめさせられる形になり、デニスとSTYXはそのバンド名の使用権をめぐり裁判になり完全に分裂。STYXはデニスそっくりの甲高い声のボーカル兼キーボードを新加入させて今に至っています。B00004xr6f01_sclzzzzzzz__1 B0002y4t3801_sclzzzzzzz__2

  最近では同じ中西部が拠点ということでREO Speedwagonと意気投合し合同ライブを頻繁にやっていて、最近もチケット売り上げをカトリーナ被災救援に寄付しているようです。STYXREOのジョイントライブはCDDVDにもなっていて、ベストヒットUSA世代には涙ものですね。他方デニスはSTYXの曲をクラシック風にシアトリカルにアレンジしたCDを発表したり、こちらも精力的です。

B000b5xzss01_sclzzzzzzz__1  このSTYXが辿った道のりは、今も生き残っている昔からやっているバンドの一つのパターンを作ってしまったような気がします。今 ZIP HOT 100Journeyの新曲が上がっていますが、やっぱりSteve Perry脱退後、彼にそっくりな声の後釜ボーカルを据えている。


 
B00003tkgk01_sclzzzzzzz__2B000002w9301_sclzzzzzzz__3    あと、やっぱりZIPのチャートに David Pack “Biggest Part of Me”というセルフカバーが数週間前まで入っていましたが、彼と彼のいたバンドAmbrosiaとの関係がデニスとSTYXとの関係を彷彿とさせます。80年代半ばにやはり解散状態になり、デビッドはソロに、もう一人の主要メンバーだったJoe Puerta Bruce Hornsby & the Rangeに参加(ベストヒットUSAにブルースとジョーがゲスト出演したときに、ブルースが「僕がアンブロージアのビデオに出演したことがバンドが解散した原因だ」なんて言ってました)。今またアンブロージアは再結成しましたが、やっぱりデビッドとの間でバンド名使用権に関して訴訟合戦があり、これもやっぱり、デビッドそっくりの声の後釜ボーカルを立ててライブに回っている。

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B000002ljz01_sclzzzzzzz__1 CHICAGOPeter Cetera脱退の後、やっぱり声質音域がそっくりな Jason Scheffを入れたあたりから完成したパターンかなあ。他方、昔ながらのメンバーでできることに越したことはなく、そういうバンドもいろいろありますが、それに関する考察はまたの機会に回します。

B00000ddmh01_sclzzzzzzz__1  今回のタイトルは「昔の名前で出ています」にしようかとも思いましたが、悪乗りが過ぎますし、やっぱり洋楽に拘りたいので、いろいろあってもオジサンたちはまだロックンロールだ、ということで、ビリー・ジョエルのあの曲から頂きました。

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2005年8月25日 (木)

(I wanna be) Elected!

衆議院の解散以来、ワイドショーでも「刺客候補」とか「〇〇劇場」とか、選挙に関する話題がかなりの時間を占めるくらい、日本では選挙が熱い!これだけ政治がショー化すれば関心も上がり投票率も上がるのでは。でも、政府案が否決されたのなら内閣総辞職が筋だと思うのに、否決してない衆議院が解散、その権限を行使した首相は、自分の政党の勝利予測に薄ら笑いを浮かべている確信犯、何かおかしいと感じるのは私だけでしょうか。

B0000025uw01_sclzzzzzzz__1 今週のZIP HOT 100でもオープニングで選挙と音楽の話題が。その平成のワンマン首相はプレスリーのボックスCDのライナーに寄稿するくらいですから音楽好きは認めますが、本当にX-JAPANを自分の意思で聴くほど好きなんでしょうかねえ。どうも胡散臭さを感じてしまいます。でも、プレスリーやレノンが亡くなったときに声明を出したカーター大統領を子供心に羨ましく思っていた自分としては、総理大臣のタイプが変わっていくのも悪いことではないなと思っています。福田や大平や鈴木が、ポップアーティストが死去したとして何かコメントを出すなんて考えられませんでしたから。

B00000dchg01_sclzzzzzzz__1 B000002qhf01_sclzzzzzzz__1 克也さんも言ってましたけど、アメリカで同じくらい胡散臭かったのはレーガン大統領。84年の選挙でBruce Springsteen “Born in the USA”を、曲の内容はナショナリズムを鼓舞するものではないのにサビの部分を演出に使った。またボス自身は民主党支持者なのでレーガンが使ったことに腹を立てたとのこと。ボスは去年の選挙でも接戦が予想されていたオハイオ州クリーヴランドでケリー候補が遊説した際、一緒に壇上に上がったようです。他にレーガン大統領は、Billy Joel “Leave a Tender Moment Alone”(この穏やかな時間を続けようよ)やLee Greenwood (Bette Midler “Wind Beneath My Wings”なんかの作者)”God Bless the USA”なんか当時のヒットを使っていたちゃっかり者でした。”God Bless the

911テロ事件のあとも相当ラジオで流れたようです。

B000002kgt01_sclzzzzzzz__1 クリントンはFleetwood Mac ”Don’t Stop”。「明日のことを考えるのをやめないで、きっと今日より良い日だよ」といういかにもの前向きソング。ちょうど92年選挙時に発売になった彼らのボックスセットの売り上げにも貢献し、結局は彼らの再結成のきっかけにもなりました。商売商売。

そして去年のブッシュ大統領はOrleans “Still the One”を使っていました。”Dance with Me” と並ぶ彼らの76年のヒット曲。”Still the one who I love to trust, still the one that I can't get enough"(あんたは今でも信頼できて飽きないただ一人の人)とか "Still the one who can scratch my itch, still the one that I wouldn’t switch”(あんたは私のかゆいところに手が届いて、私が浮気できないただ一人の人)とか、なるほど、再選を目指すキャンペーンにはぴったりの内容でした。B000002h7x01_sclzzzzzzz__3

Defb4310fca0309b91f37010l_1 今回のタイトル、(I Wanna Be) Elected! Alice Cooper72年選挙に合わせたヒット曲。邦題「アリスは大統領」。そういえば、この曲も入っているワーナーパイオニアのホットメニュー73という二枚組のプロモ用LP、当然非売品、があって、その曲紹介をしていたのが、クレジットはされていないけどどう聴いても克也さんの声でした。憶えてますか?まだ残ってるかなあ。

USA

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