Abraham,Martin & John
三回続けて映画ネタです。克也さんもここのところ、スター・チャンネルにやたら出まくっていることですし(笑)
今回は「Bobby」。
ボビーというのは、ジョン・F・ケネディ大統領の弟、ロバート・ケネディのことです。
兄の大統領は1963年11月、テキサス遊説中に暗殺され、20世紀最大の事件の一つとして記憶される。
ケネディ家は、4人いた兄弟全員に大統領を目指す教育をしたような、アメリカの貴族。弟ロバートも兄の選挙運動を手伝い、当選後は兄の政権で司法長官に、33歳の若さで就任し、マフィア撲滅なんかに活躍し、米ソ全面核戦争の瀬戸際だったキューバ危機など外交政策でも兄の右腕となって活躍した。(こちらも。「小林克也のRadioBaka」 期限切れ遺失物移管所: My Way)
兄が死んでしまった後は上院議員に転じ、そして1968年、貧困問題やベトナム戦争反対を掲げ、兄の足跡を追うべく大統領選に出馬した。ところが彼も、6月、カリフォルニア州の予備選挙で勝利した直後、凶弾に倒れてしまう。
ところがこの映画の主役は彼ではありません。それどころか彼はほとんど出てきません。動く部分は髪型がそっくりな人物が出てきますが顔は映りません。演説などは実際の当時の記録映像が流れます。暗殺犯はサーハン・サーハンというパレスチナの青年でしたが、映画には名前もクレジットされず、暗殺の瞬間に一瞬登場するだけです。ロバート・ケネディの伝記映画でもなければ、暗殺の謎解きでもありません。というか、主役が存在しない映画、といってもいいでしょう。
舞台はその暗殺があった日、現場となったロサンジェルスのアンバサダーホテルです。登場人物はそこのホテルで働いている人たちや偶然集まった人たちです。普段は生活も環境もばらばらの人たちがたまたま歴史的事件が起きる日、場所に呼び寄せられるように集まった。
電話交換手と浮気しているホテル支配人とその妻(ウィリアム・メイシー、シャロン・ストーン)、従業員としては引退したけどまだホテルに愛着を残している老人(アンソニー・ホプキンス、ハリー・ベラフォンテ)、歳の離れた女性と結婚して関係がうまく言っていない東海岸の富豪(マーティン・シーン、ヘレン・ハント)、変化を期待してボビーの選挙運動員となった青年、それに麻薬を売るヒッピー(アシュトン・カッチャー)、兵役から逃れる理由作りで余り好きでなかった同級生と式をホテルで挙げることになっていた若いカップル(エライジャ・ウッド、リンジー・ローハン)、ホテルでショーを開くことになっている売れない歌手(デミ・ムーア)、人種問題を語り合う厨房で働く黒人やメキシコ人のシェフたち(ローレンス・フィッシュバーン)、ボビーにインタビューを申し込もうと粘っているチェコスロバキアの女性記者、などなど。
観て最初に思ったことは、去年観た三谷幸喜氏の「有頂天ホテル」によく似ているなということでした。ホテルを舞台に、従業員やら客やらがいろいろな事情を抱えて絡み合うところがそっくり。「ホテル」では、それらが大晦日大パーティーで全てが繋がってきて喜劇だったのですが、「ボビー」は、ロバート・ケネディ暗殺という悲劇に収斂するのが大きく違う点でしょうか。
さっき主役なき映画、と書きましたが、強いて主役を上げるなら、1968年という時代そのものかもしれません。ベトナム戦争泥沼化にまつわるテト攻勢事件やソンミ村虐殺事件、黒人の公民権運動、暴動の激化、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺、ヒッピー運動、民主党大会の大混乱、ニクソン大統領の登場、チェコスロバキアの「プラハの春」革命とソ連軍による弾圧、それらが全て起こった年でした。上に挙げた登場人物は、それぞれどこかにその背景を背負っています。それらがやはり、本命大統領候補の暗殺という象徴的大事件で、点が線となって結びついてくる。
そしてこれは、現在のアメリカにも結び付けられるのかもしれません。イラク介入後の混乱で閉塞感満ちている今、大統領候補として有力視されているのは、ロバートと同じ、前大統領の縁者で、ニューヨーク州から選出された落下傘候補*のヒラリー・クリントンです。
音楽も、やはりその「主役」の68年を後押しする曲でいっぱいでした。ほとんどがモータウンの曲で、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ「トラックス・オヴ・マイ・ティアーズ」、ダイアナ・ロス&シュプリームス「カム・シー・アバウト・ミー」、スティーヴィー・ワンダー “I Was Made to Love Her”,マーヴィン・ゲイ”Ain’t That Peculiar”など。ロックっぽいところではムーディ・ブルースの「火曜日の午後」。サイモン&ガーファンクル「サウンド・オヴ・サイレンス」も、無断でドラムが入れられてポール・サイモンが怒ったというヒットしたヴァージンではなく、アコースティックギターのみのオリジナルのヴァージョンで、重要な場面に登場します。
今回のタイトルに選んだ曲は映画とは関係ありませんが、ロバート・ケネディを歌った曲。「浮気なスー」など、アイドルとして売り出したDion,60年代後半にシリアスなシンガーソングライターに転進し、暗殺された解放者たち、リンカーン大統領、キング牧師、ケネディ大統領に捧げて、「僕の友達だった彼らがどこに行っちゃったか知らないかい?多くの人たちを救ったけど、突然消えてしまったんだ」と歌い、タイトルには出てきませんが、最後にボビーが登場します。
今週で公開が終わりになってしまうところが多いみたいですが、いかがでしょう?
*落下傘候補 ニューヨーク州出身ではないのに、その州の人口の多様性を当てにして立候補した余所者。
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