U2

2007年9月 9日 (日)

1985

映画のお話です。

Music_lyrics  「ラブソングができるまで」”Music and Lyrics”

  この映画については何か書かなくちゃ、と思っていました。

 ところが、全国ロードショー公開期間は忙しくて、行こう行こうと思っていたらいつの間にか終わっていた。

 先月、地元にある、全国公開は終わったけれどいい映画を続けて見せてくれる小さな映画館で上映していて、それは見ることができました。

 ところがもうつい先日、DVD発売、レンタル解禁になってしまいました。

 そこで、これからDVDなどで見る方たちのために。

 なぜ書かなくちゃいけないかと思ったかといいますと、音楽と関係していることも勿論なんですが。

 やっぱり前に観た映画と重なってしまって。

 その映画の宣伝ビラだかビデオパッケージだかに、克也さん自身のキャッチコピーとして「観てごらん。こりゃまるで映画版ベストヒットUSAだ!」なんて載っていました。

Wedding_singer  ちょうど10年前の「ウェディング・シンガー」という映画。

 劇中で出演者が演奏する曲も、バックで流れていたトラックも、80年代ポップスノンストップといった感じでした。

 プロダクション的には全く関係ないみたいなんですけど、イメージがやたら被ります。

 80年代ポップスがテーマであることも然り、話の筋立て然り、主演女優も同じドリュー・バリモア。主演男優も、前者がアダム・サンドラー、今回はヒュー・グラント、別人ですけど気のせいかそっくりに見えます。

 「ウェディング・・・」は、ロックスターを夢見ながらも結婚式に招かれてその場を盛り上げるしか仕事がないシンガーと、式場にアルバイトに来た女の子、互いに婚約者がいながらも今一つ踏みけれないまま出会い、お互いが気になる存在になって。。。というストーリーでした。

Debbie_gibson_greatest_hits Tiffany_greatest_hits             

「ラブソング・・・」はその逆で、80年代に全盛を誇った「ポップ」というグループのリーダーだったアレックス・フレッチャー。「あの日とは今どこに?」状態で、場末の遊園地のショーで歌っていたり、テレビから、80年代スターバトルの企画を持ち掛けられたり。これ、かつてのスターたちが歌い競うのだと思いきや、ティファニー、デビー・ギブソン、フロック・オブ・シーガルス、フランキー・ゴース・トゥ・ハリウッド、ビリー・アイドルなんかが本当に殴りあって勝ち残った一人が一曲だけ歌えるというナンセンス企画。

Billy_idol_rebel_yell  そういえばビリー・アイドルは「ウェディング・・・」の重要な場面で自身が出演していました。

 この「ポップ」というバンド、80年代半ばのイギリスからいっぱい出てきた「ニュー・ロマンティック」とか言われていた、先鋭的なオシャレ、アイドル性とニューウェーヴ的音楽性を掛け合わせていたグループのステレオタイプなんですけど、僕が見たところ、A-HA、カジャグーグー、グラスタイガー、ロマンティクス辺りがモデルになっているような気がします。

Aha_hunting_high_and_low Kajagoogoo_too_shy            

 アレックスが場末のショーで「ケアレス・ウィスパー」そっくりの曲を歌う場面もあり、これも大笑いです。

 ところが、「ブリットニー・スピアーズとクリスティナ・アギレラを足してもそれ以上に凄い」現在の大スターのコーラが、かつての「ポップ」の大ファンだということで、新曲の作曲をアレックスに依頼してきた。他の作家との競争があるので数日で仕上げろとの注文つきで。

Shakira_oral_fixation  このコーラは、シャキーラか、ビヨンセ辺りがモデルでしょうか。シャキーラは映画のなかでコーラの友達としてでてくるのですが。今のヒップホップっぽい女性アーティストのステレオタイプとして面白い。

 アレックスは作詞家と喧嘩別れしてしまいますが、部屋の花飾りを届けに来たソフィーと話していて作詞の才能があることを発見、強引に頼み込んで共同作業で曲作りをはじめます。

 お決まりで、お互いを意識する関係になり。。。

 二人で “Way Back into Love”という曲を作り、コーラもそれを気に入り採用が決定します。

 ところが、コーラスが綺麗なバラードとして作った曲が、イントロにラップが入れられて、コーラが凝っている東洋的なメロディ、リズムも加えられたヒップホップに変えられてしまう。アレックスは、採用されたんだからそれでもいいと考えますが、ソフィーは、これでは曲のよさが伝わらないと怒ってしまい、それが原因で仲違いをしてしまう。

 ソフィーがかつて、作家と不倫関係にあって、それを題材にしたホンがベストセラーになっていた、なんて話も絡んできて。

 それでもソフィーが仕事の上以上の人生のパートナーとしても重要な存在だと気付いたアレックスは、彼女に捧げる曲を書き、それをゲストで招かれたコーラのコンサートの大観衆の前、ソフィーたった一人のためだけに歌う。「ウェディング・・・」でアダム・サンドラー演じる結婚式座興シンガーが飛行機の中でそうしたように。そして、アレックスとコーラのデュエットで演奏された”Way Back into Love”のアレンジはどうなっていたか。。。

 この作品、今の時点での「映画版ベストヒットUSA」第二弾と言っていいでしょう。

America_here_now  音楽を監修したはFountains of Wayneのアダム・シュレシンジャーで、”Way Back into Love”も彼の書下ろしです。エンディングテーマは、前回もチラッと出てきた「名前のない馬」のアメリカの”Work to Do”、これもシュレシンジャーのプロデュースで、かなりいい出来と見ました。

Bowling_for_soup_a_hangover_you_don  タイトルの一曲”1985” Bowling for Soup3年前のヒット曲。

 「ニルヴァナの遥か前に、ブルースも、U2も、マドンナも、ヴァン・へイレンも、デュラン・デュランも、ワムもいた。みんなMTVを見ていた。あの時の彼女も二人の子持ち。

でもまだ19歳の気持ちのまま、1985年にしがみついてるから」

 暦年をタイトルに入れた曲, “Summer of ‘69”とか”65 Love Affair”とか60年代が圧倒的に多かったんですけれど、いきなり85年を歌う曲が出てきたときにはちょっとした感慨がありました。

 そう、このとき青春時代を送っていた人は今40代で、克也さんもいつのまにか”When I’m 64”が未来形でなくなっちゃったもんなあ。

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2006年10月27日 (金)

Bo Diddley is Jesus

U2_rattle_and_hum1022日ベストヒット、タイムマシンで、“Rattle and Hum”「魂の叫び」のアルバムがイギリスのチャートで一位になった日ということでかかった、同名ドキュメンタリー映画からのU2「ディザイア」。


Kt_tunstall_eye_to_the_telescopeまだまだ記憶に鮮明の今年のヒット曲。今アメリカでは日本、イギリスと逆の順序で“Suddenly I See”が上がってきていますが、アメリカでの顔見世大ヒットとなったKT・タンストールの “Black Horse and the Cherry Tree”。僕もお気に入り、個人的に大プッシュ。

George_michael_faithワム!再結成を表明したジョージ・マイケル。去年の自伝映画での再会がきっかけになったのかな。今のところのソロの最大のヒット、85年の“Faith”

Neil_sedaka_laughter_in_the_rain_the_bes60年代のスターだったニール・セダカが長い停滞時期を経て75年に「雨に微笑を」で大復活しましたが、それに続く同年の全米ナンバー1ヒットの “Bad Blood”。エルトン・ジョンとのコラボでした。



Ace_frehley78年暮れ、KISSのメンバー四人全員がいっせいにソロアルバムを発表し、ジャケットも、一人一人の顔のアップで同じ、という企画がありました。その中で、メンバーの中では最も目立たない存在だったリードギターのエース・フレーリーがシングルで最大のヒットを出しました。イギリスのハローというグループのカバー、“New York Groove”

だんだんマイナーになってきてますか?

Eric_clapton_461_ocean_boulevard来日が待ち遠しいクラプトン。オリジナルはブルースのジョン・オーティスでしたが、“461 Ocean Boulevard”のアルバムの中で“I Shot the Sheriff” と一緒にカバーした “Willie and the Hand Jive”。ベストアルバムにも収められました。



Bruce_springsteen_born_to_runブルース・スプリングスティーンの75年の出世作、「明日なき暴走」“Born to Run”からのアルバムカット、“She’s the One”



Guns_n_roses_appetite_for_destructionGuns N’Roses、“Appetite for Destruction”の中からシングルにはならなかったけど人気のある“ Mr. Brownstone”

Kenny_loggins_yesterday_today_tommorrow__2最後は意外なところで、というか一番関連性が低いからなのですが、ケニー・ロギンスのご存知「フットルース」。同名サントラからの84年ナンバー1ヒット。




脈絡なく曲が並んだようですが、実は以上の曲は重要な共通点を持っています。

さて、なんでしょう?

これらの曲、リズムが同じ部分があるんです。

並んだ曲の数からわかるように、ロックで最もよく使われるリズムの一つです。

ジャ・・ジャ・・ジャ・・・ジャンジャン~

字じゃ分からないなあ。音符で表すにも変換ができなくて限界があるんだけど、♪を16分音符、/16分休符と考えて、♪/////////X/、みたいになるはずです。どれでも曲を思い浮かべるのが一番。二曲思い浮かべたら、ああ、似てるな、と思っていただければ。

このリズムはボー・ディドリー・シャッフルと呼ばれます。

Bo_didley_his_bestもちろん人の名前。ボー・ディドリーはロックの生みの親、ブルースからロックを分離した最初の世代といわれる人。

南部ミシシッピの出身。プレスリーと同時期に活躍した人で、55年には黒人として初めてエド・サリヴァン・ショーに出演しました。

彼自身の曲で有名なヒット曲があるわけではありませんが、とにかくそのスタイルで多くのアーティストからリスペクトされている。

86年にロックの殿堂入り。

Who_magic_busThe Whoも“Magic Bus”というシャッフルを使っている曲があるし、ライヴでボー・ディドリーのカバーを必ずといっていいほどやっている。

U2の「魂の叫び」も、成功した彼らの音楽的ルーツを探るドキュメンタリーであり、ボブ・ディランやBB・キングらと一緒にやっていた。そこに「ディザイア」が納めらえているのも、彼らのボーに対するリスペクトの現れでしょう。「ディザイア」は、荒いギターのストロークにハーモニカをかぶせる形で、ボー・ディドリーを忠実に再現していたといえます。

KT・タンストールも、この間のベストヒット出演で、あの曲はボー・ディドリーに捧げる意味もあった、と言ってました。

90年代、南部からのオルタナ系で活躍していた Jesus and Mary Chain にも“Bo Diddley is Jesus”というトリビュートソングがある。

同世代がどんどん他界していく中で、78歳の彼は存命です。去年はハリケーン・カトリーナの被害救済ライブにも登場した。真っ赤な派手な服、ハットにに大きなメガネ、相変わらずの風貌でした。

最近は曾孫にも囲まれ、信心に生きているようです。彼自身が神に近づいた?

彼ほど、一つのスタイルが後続のアーティストたちに影響している例はないでしょう。

この次はどんな曲が出てくるか。


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2006年1月 4日 (水)

New Year's Day

あけましておめでとうございます。

57a89330dca02df8941c5010l  新年一発目だからU2のあの曲のセレクションかと思いきや、もう一つの意味を込めています。

 ボノが、タイム誌のパーソン・オヴ・ザ・イヤーに選ばれました。

 世界で最も権威の高い国際ニュース週刊誌が、毎年、新年一号目に、前年に最も活躍、話題になった人を選出する。

 一番選ばれるのはやはりアメリカ大統領で、今のブッシュはもう既に二回選ばれており、クリントン、レーガン、ニクソン、ジョンソンも抱き合わせを含めて二回、逆に選ばれたことがない大統領はフォードくらい。次に各国の首脳。ゴルバチョフや鄧小平も二回。アマゾンのジェフ・ベゾスやCNNのテッド・ターナーなど企業家や、エイズ研究のホー博士など科学者もそこそこ。二年前のイラク駐留兵とか、三年前の「政府内通報者」とか、平和維持部隊とか集合体が選ばれることもあり、またコンピューターや、危機に瀕した地球、など物が選ばれたこともありました。1990年には「過去十年間の人物」としてゴルバチョフが、2000年には「20世紀の人物」としてアインシュタインが選ばれたりもしました。

 今までショービジネスから選ばれた人は一人もいません。従って当然、ロック、ポップスの世界から選ばれたのも初めてということになります。

1101020304_400  しかし、ここまで政治的な要素や世界情勢が加味されるのですから、ボノも音楽の功績で選ばれたわけではありません。彼の長年にわたる、アフリカを中心とした飢餓救済活動への努力が対象となったのでした。

 彼はバンドエイド、ライヴエイドに参加しましたが、その後実際にエチオピアに赴き事態が全く改善しなかったことに驚愕、彼は自ら運動を始め、運動の方向転換を試みる。それは、援助活動を成果主義に換えるとでもいうべきでしょうか、実際に金を出せる先進国の政治家や企業家の目をこの問題に向けさせること。彼はロビイストよろしくワシントン詣でをして、クリントン大統領、議会の民主共和両党の議員とがっちりパイプを作りアメリカ政界に浸透する。去年のスコットランドのグレンイーグルでのG8先進国サミットでは、ちょうど同じ時期にエディンバラ(懐かしい、ベイシティローラーズ)でU2のライヴもあり、ボノは5カ国の首脳と会談、G8500億ドルもの援助計画と貧困地域でのHIV対策改善を最終宣言に盛り込ませる。彼の凄さは、政治的には対立関係にある人たちも一緒に魅了し納得させてしまう、問題への精通度とカリスマ性にあるようです。

B00076sjpa01_sclzzzzzzz_  ボノが主宰する援助NGODATAという名前で、debt(負債) AIDS, trade(貿易), Africaの略で、貧困地域の状態を表すものですが、同時に democracy(民主主義) accountability(義務), transparency in Africa(アフリカでの透明性)という、先進国側の責任をも表せ、そしてもちろん、データ、実際の結果重視、の意味も持っているそうです。因みにこれを考えたのはボブ・ゲルドフだそうです。

1101051226_400  実業界にも手を広げ、02年に初めて会食したビル・ゲイツ夫妻もボノの活動に共鳴し、DATAの活動はゲイツ基金の支援があって可能になったとのこと。今回のパーソンズ・オヴ・ザ・イヤーはボノとゲイツ夫妻の三人が選ばれていますが、これらの流れ全てを作ったのはボノですし、タイムを読んでみてもほとんどボノのことしか書いてありません。実際には彼が選ばれたといって過言ではないでしょう。

 夏の汐留局の24時間テレビを話題にしたときにも書いたのですが、僕はそういうイベント型というか、バンドエイドものというか、寄付を募る型のチャリティには猜疑的なのですが、ボノの運動はその失敗への反省から、現場主義を採り、援助を受けるそれぞれの地域の多様性に応じたやり方を模索していること、寄付ではない、実際的な資金調達をしていることなどは一線を画していると思えます。しかしその先進国から拠出される援助も本を糺せばそれぞれの民の血税であることも忘れないでほしい。

 克也さんは、ライヴエイドのラジオ中継のとき、我々の世代、ロックは悪ガキのものだった、それがここまで善意で世界を動かすようになって感慨深い、みたいなことをおっしゃっていました。

 そのライヴエイドから20年。遂にロックからタイムのパーソン・オヴ・ザ・イヤーが出て、ロックが本格的に世界を動かしていく元年になりそうな気配。

 ジョージ・ワシントンとジョージ・ブッシュとジョージ・クリントンとビル・クリントンを一緒に語れる世にも珍しい男、パラノイア阿南でした。今年もこんな調子でヨロシク!

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